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移転のお知らせ

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年10月13日(木)19時49分10秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
  http://hougyokudou.news.coocan.jp/index-jyuyou.html
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ポインセチアの育て方

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年10月 7日(金)22時17分27秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
編集済
  ★ポインセチアは短日植物のため、日の当たる時間が12時間以下にならないと花が咲かない性質を持っています。そこで、9月以降は光の当たる時間を調節してやることが重要な作業になります。夜の人工照明は禁物です。9月下旬から40日間は、毎日欠かさず17時~朝8時まで、段ボールなどをかぶせていっさいの光を遮るようにします。(この作業を「短日処理」といいます)。そのかわり、日中は良く日に当てること。ここでは目安として40日間と書きましたが、面倒でなければ葉の色が完全に色づくまでやった方が確実です。

★この作業をしなくても、葉は色づきますが、売られているように立派なものは期待できません。短日処理は根気のいる作業ですが葉がきれいに色づいて成功したときは非常にうれしいです。逆に言うと根気があれば失敗は少ない作業ですので、余力があれば挑戦してみましょう。

★<短日処理>:来年も花を楽しむために、短日処理を行いましょう。ポインセチアは日照時間が短くなると花芽を付ける短日植物です。9月中旬頃、鉢を室内に入れますが、照明が付いた明るい室内では、花芽ができず苞も赤く色づきません。日中は日に当て、夕方5時から翌朝7時位まで段ボール箱などで覆い、暗くしましょう。約1ヶ月間毎日行うと、花芽が付き苞が色づいてきます。毎日やるのは大変ですが、その分開花した時の感動はひとしおです!是非試してみましょう!



★日当たりが悪いと下葉がすべて落ちてしまいます。短日処理をする時期、時間以外は良く日光に当てるようにしましょう。

★寒さには弱く、15℃を切る頃には室内に取り込む準備をしましょう。10月下旬から3月いっぱいまでは室内で管理します。この際、短日処理(上記参照)を忘れないようにしましょう。また、日中は窓際の良く日のあたる場所に置いてあげましょう。

★寒さには弱い:普通に育てていては葉が色づきにくい(短日処理が必要)乾燥させると葉っぱが全部落ちてしまうので、暖房には注意

★ポインセチアは短日性の植物で、1日のうちで夜のように暗い状態が13時間以上になると開花します。開花にかかる日数は60~70日で品種によって違いますが、この事を知らずに夜間明るい室内に置いてしまっていると、いつまでたっても「咲かない」ポインセチアになってしまいます。そして、クリスマスの代表的なお花ですが、自宅で楽しむには気温が下がる前に赤くして楽しむのがコツです。9月上中旬、夕方5時頃から朝7時までダンボール等で覆います。途中1~2日覆うのを忘れたとしても大丈夫です。暗い状態を毎日作る事は大変ですが、開花した時の感動もひとしおでしょう。

http://hougyokudou.news.coocan.jp/

 

お知らせ

 投稿者:寶玉堂  投稿日:2016年 9月 8日(木)18時18分28秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
  ★「寶玉堂」公式ホームページのアドレス変更のお知らせ  ★   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~    ★この度「ニフティ」の都合で、アット・ホームページの提供サービスが終了しました。それに伴い新たな「移行プラン」(ニフティホームページサービスミニ)に、従来の公開資料のアドレスが全部、変わりましたので、ご関心のお方はどうぞ、下記の方法で検索いただき、お遊びにおいでくださいますようお知らせいたします。

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★グーグル&ヤフー等々から『寶玉堂ニュース』と打ち込み検索を掛けますと、兜町【千軍万馬の武将達】が表示されます。これが小生の公式ホームページです。

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http://hougyokudou.news.coocan.jp/

 

兜町【千軍万馬の武将達】秘話

 投稿者:寶玉堂  投稿日:2016年 9月 7日(水)22時19分49秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
編集済
  此のホームページは兜町生活50年を越し 兜町【千軍万馬の武将達】秘話 と題した風雲録を後世の語り種になる事を願い、己の恥部を自戒を込め 執筆し、証券業界の信頼回復、向上を願い、投資の指針・戦略等も随時書き込み、皆様方に考えて頂き、参考に供すれば幸甚と公開した次第です。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
     宜しくお引き立ての程お願い申し上げます。  店主 

http://hougyokudou.news.coocan.jp/

 

終戦直前直後の物価の推移

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)20時04分25秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
    終戦直前直後の物価の推移

  物価の推移    戦前と終戦直後の変化

   品  名        昭和20年8月以前     昭和20年8月以降

 ● たばこ(金鵄)     ★   35銭           ★    1円

● 鉛筆             ★ 25銭            ★    50銭

● 絵具            ★ 1円30銭            ★   15円80銭

 ● クレヨン        ★  40銭                ★   4円50銭

 ● 鶏卵           ★ 1円50銭          ★   15円20銭

 ● サイダー        ★  53銭          ★    6円

 ● 畳の表替え      ★   3円90銭        ★   20円

● 放送受信料       ★   50銭           ★   2円50銭

● 電球       ★ 98銭          ★    7円50銭

  ● 乾電池         ★  48銭         ★       2円

  ● 半紙(1帖)      ★  16銭           ★     12円

  ● 週刊誌      ★ 60銭           ★    1円50銭

  ● 新聞月極購読料  ★ 3円70銭        ★      5円

  ● 映画館入場料金  ★ 1円            ★      3円

  ● 大工の手間代1日  ★ 3円90銭         ★      百円

昭和20年中に物価が銭から円時代に移行して、上記の5銭と10銭紙幣は発行されてもほとんど
使用されることはなく、50銭紙幣、1円紙幣、5円紙幣、10円紙幣が主流になった。



  物価動向

昭和24年、   お米10kg、393円。   納豆10g8円。

掛蕎麦一杯15円。   あんぱん1個10円。

小学校の先生の初任給     三千九百九十一円。

公務員の初任給6級(大卒)  四千二百二十三円。

公務員の初任給5級(短大)  三千五百六十五円。

民間企業初任給(高卒)    二千七百五十円。

昭和二十六年、  はがき:5円、    公務員初任給:六千五百円、

 豆腐1丁:10円、  入浴料:大人:12円

昭和二十八年(1953年)    そば 一杯20円

昭和二十九年(1954年) 教員の初任給7800円。ビール120円。

コーヒー50円。  牛乳1本15円。

昭和三十年(1955年)  白米10kg 845円。 大工の手間賃(1日)730円

昭和三十一年。公衆浴場大人15円。中人12円。小人6円。洗髪10円。ラーメン40円。
 中卒者の初任給¥8000と年収10万円くらい。キャベツ24円。たまねぎ24円。
米79円。78円。 あじ10円。牛肉(肩肉)36円。 鶏卵226円。

昭和三十二年。  灯油29円。 米価1升百円5銭。 米価一俵4千2円。

昭和三十三年。 こんにゃく十ケ90円。 とうふ十ケ120円。酒一升425円。

    大卒初任給 約1万3500円  かけそば一杯----25円
    牛乳180cc------14円    生ビール一杯----80円
    食パン一斤------30円    キャラメル一箱20円
    たばこ一箱------40円    映画1本-------150円
    はがき一枚-------5円    週刊誌1冊------30円
    白黒真空管テレビ十四インチ、7万円。
   電気洗濯機----3万円     電気冷蔵庫---10万円

昭和三十五年   白米10kg:870円、  公務員初任給:1万2900円、
     豆腐一丁:15円、 日雇労賃:494円。 カラーテレビ三十万円。

昭和三十九年。 びんビール 150円、  もりそば 50円   「週刊朝日」 50円

【大卒初任給】 2万1526円。 電卓CS-10A早川電機。 53万5千円。                                     テープレコーダー ソニーオマチック 3万8千円。 クリネックスティシュー一箱100円。
          デンターライオン歯磨95g入り百二十円。  清酒 ワンカップ大関八十五円。

昭和四十年  白米十kg:1125円、公務員初任給:2万1600円、

          日雇労賃:972円、  週刊誌:50円

     23~27歳くらいの年収 40~70万円くらい。 1965年。 封書10円。

            はがき5円。  都バス20円。  【公衆浴場】28円。    ビール120円。

        牛乳20円。    朝日新聞朝夕刊セット月決め580円。  【大卒初任給】約2万円。

        富士写真フィルム、撮影機1万6500円。 映写機1万6500円、フィルム1350円。

     カセットテープレコーダー[アイワ、2万8百]。  アイスノン[鎌田商会(現=白元)、3百円]

       オロナミンC[大塚製薬、百円。       チョコレートボール[森永製菓、30円]

        ラミーチョコレート[ロッテ、50円]   カップかき氷 赤城しぐれ[赤城乳業、30円]

    ウィスキー ブラックニッカ千円。  シャンプー:百円。ニュービーズ(洗剤):百円。

  封筒:百円。 たわし:25円。   葉書:5円。 タバコ(朝日ホープ):70円。

           コカコーラ:50円。 牛乳:20円。  ラーメン:60円。  アイスクリーム:20円。

    ウイスキー(メーカーは不明):4百円。 タバコ(ハイライト):140円。

  歯医者:百円。ガム:20円、チャーシュー麺百円。 カツ丼150円。蕎麦:40円。

    この頃の給料は手取りで一万千五百三十円(三十歳男性談)。 (都内三十歳の男性)



昭和四十一年(1966年)。封書15円、 はがき7円。  郵便料金改訂封書15円。

              国鉄最低料金20円。 ビンビール120円。 ママレモン[ライオン油脂、百円]。

                即席麺 明星チャルメラ[明星食品、20円]。




     自動車 サニー1000  日産自動車、DX 46万円。

     自動車 カローラ1100 トヨタ自動車、DX 49万5千円




神奈川県在住の二十歳の男性談、 『米:一升180円。 米穀通帳というものがあって、それを米屋に持っていくと、その値段で買うことができた。 食パン:一斤35円。 ・スパゲティ:一袋130円 ・コーヒー:一杯40円。 たぬきそば、きつねそばなど:一杯35円。 ・ラーメン:一杯40円。 にぎり寿司:並一人前:180円。 豚肉:100g 55円程度。   私はいつも、一番安い100g 55円の豚こまを買っていた。  牛肉は高くて、手が出なかった。 値段も覚えていない。 (神奈川県在住の二十歳の男性談)。



魚:さんま一本10円、アジ三本20円、アサリやシジミ一山10円など。 野菜:大根一本20円前後、もやし一山10円、ホウレンソウ一束15円、 春菊一束10円など。 なすとかジャガイモなどはかごに入れてあり、一山10円程度だった。 総菜:コロッケ一個10円、アジフライ一枚10円、さんまのフライ一枚12円など。  電車賃(一区間):山手線15円、東横線10円、玉電往復25円(全線均一)ちなみに、東京-京都間の夜行鈍行二等車が学割で750円くらい。

映画:70円(学割40円)。その後すぐに、たしか200円に値上がり。

たばこ:ショートピース(十本入り)40円。       新生(二十本入り)40円。

いこい(二十本入り)50円。    ハイライト(二十本入り)60円。



昭和四十二年(1967年)      封書15円    はがき7円

公衆浴場料 32円を都が認可。 都バス 30円。

地下鉄最低料 金30円。  びんビール120円。   牛乳 21円。

かけそば 60円。      リカちゃん人形 750円。

昭和四十五年、 月給は2万円。ボーナスは無し。   大卒初任給2万5000円。

  アパート代は一畳千円。   運転免許費用2万7000円。(25歳の関西人)

昭和四十六年、年収70~百万円くらい? 月給7万9500円?(30歳の男性談)


昭和五十五年   白米10kg:3225円、公務員初任給:10万1600円、

日雇労賃:6550円、   週刊誌:2百円。




平成二十四年度(2012)の初任給

司法書士 月額 20万円 ~ 35万円 程度

弁護士  年俸 6百万円 ~ 7百万円 程度

野村證券 初任給月額 54万2千円

楽天   初任給月額 30万円

高校卒(厚生労働省調べ) 16万9700円

大学卒(厚生労働省調べ) 20万7900円

平均年収(サラリーマン) 614万9700円





 平成二十三年度 、年齢別平均年収
 地方公務員全職種    平均42.8歳   平均年収  649万
 一般行政職             平均43.3歳   平均年収  638万
 小中学校教育職     平均43.8歳   平均年収  656万
 高等学校教育職     平均44.9歳   平均年収  690万
 警察職        平均39.4歳   平均年収  701万
 国家公務員       平均42.5歳   平均年収  626万





土地価額   国土交通省が平成二十四年三月二十二日発表した地価公示によると、
地価日本一は、東京・千代田区丸の内二丁目が2700万円(㎡)で、中央区銀座四丁目に並んだ。

 商業地の高価格水準の標準値は次のとおり。 (平方メートル)
 ・千代田五の四十二 (丸の内二丁目)  2700万円
 ・中央五の二十二  (銀座四丁目)     2700万円
 ・中央五の四十一  (銀座五丁目)     2390万円
 ・千代田五の二十一 (大手町二丁目)  2080万円
 ・中央五の四十九  (銀座二丁目)    1970万円

 また、他の主な東京圏の沿線別駅周辺の商業地の公示価格例は次のとおり。
新宿1930万円、渋谷1450万円、池袋796万円、上野689万円、横浜530万円、吉祥寺411万円、自由が丘327万円。





  明治5年の銀座の土地は坪当たり5円。

ちなみに、銀座四丁目交差点付近の実際の売買価格価格が、明治五年の頃は、1坪(約3.3平方メートル ) 5円であったものが、平成元年 1億4千万円になている。それが平成十年 5千5百万円にまで落ち込んだが、平成16年には 7千2百万円 に戻っている。



明治5年の米一俵(60キロ)80銭。

平成15年の米一俵(60キロ)1万3748円。



昭和30年代、高度成長の時代、経済は発展し、家庭は電化され、生活は豊かになり、テレビ、洗濯機、冷蔵庫が「三種の神器」と呼ばれ、昭和34年、皇太子様のご結婚を期にテレビが普及し、十四インチの白黒ブラン管テレビが6万5千円、公務員の初任給の6ケ月分もした。其れが 平成24年、32インチの液晶カラーテレビがポイントが付いて1万9千円に下落(地デジ買替終り過剰生産在庫激増の為)。

年収1000万は当たり前、都心一等地で家賃6万円、3000万円を超える退職金・・・
小金井市職員年収1256万円(うち650万が各種手当!)を筆頭に20位でも年収1133万円






財政赤字小金井市職員の年収(端数処理の関係で誤差あり) 市議会決算特別委員会資料
         1位     2位     3位    4位   5位    10位   20位
         58歳    51歳    58歳   49歳   51歳   58歳  48歳
給料     606万   546万  606万  531万  640万  611万  523万
調整手当   64万    58万   61万   55万   76万   75万   58万
扶養手当   36万    36万    0万   14万   14万   36万   62万
特別調整    0万     0万    0万    0万  102万  102万    0万
時間外手当 237万   265万  216万  292万    0万    0万  205万
住居手当   10万    26万   30万   30万   30万   21万   10万
通勤手当    5万    24万   27万   14万   22万    4万    5万
期末手当  233万   211万  220万  198万  237万  235万  212万
勤勉手当   65万    59万   61万   55万   66万   65万   59万
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年収    1256万  1225万 1220万 1188万 1186万  1150万 1133万






公務員宿舎情報
三田 徒歩10分 3LDK(80㎡) 築10年 駐車場アリ 敷金礼金ナシ 月額62000円


九段下 徒歩10分 4LDK(80㎡) 築8年 駐車場アリ 敷金礼金ナシ 月額62000円
               (一般相場家賃なら40万円以上)



表参道 徒歩4分 3LDK(94㎡) 築8年 駐車場アリ 敷金礼金ナシ 月額67000円
              (一般相場家賃なら40万円以上 63戸)



原宿  徒歩6分 4LDK(94㎡) 築7年 駐車場アリ 敷金礼金ナシ 月額72000円
              (一般相場なら50万円以上 200戸)


 

百歳万歳

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)20時03分13秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
  百歳万歳


 面白き哉、株式投資は長生きの常備薬


安倍内閣が誕生したのが平成二十四年十二月、長期のデフレと景気低迷の脱却、そして停滞の二十年から再生の十年を旗印に出発した。其のひと月前十一月末の東京証券株式市場の日経平均株価は九千四百四十六円だった。翌年(平成25年)五月二十三日には一万五千九百四十二円、六千四百九十六円高と実に63㌫の急上昇を演じた。

■  億万長者続出  ガンホー・オンライン・エンターテイメント (3765)東証JQスタンダード、PCオンラインゲーム『ラグナロク』から出発。スマホゲーム『パズル&ドラゴンズ』が大当たりし、五年前の株価七千五百五十円。一昨年(H24年)の株価は二万円前後。昨年初月は八万円弱だった。五年前に百株購入していた人は投資資金八十万円もあれば買う事が出来た。

平成二十五年初月に十株購入した人でも投資資金が八十万円あれば買う事が出来た。この株がアベノミクスを背景に株式市場が盛り上がり、特にスマホンパズル、ドラゴンゲーム等、若者人気の波に乗り、株価は連日連騰急上昇し、僅か五ヶ月後には百六十三万円を突破した。こんな事は稀中の稀、めったにある事じゃないがこの時期、其の他、多数の銘柄が連日ストップ高と狂ったような株価の値上がりが続出し波に乗った多くの投資家は恐らく億万長者が続出した筈である。

■ 「株を持っている人はいいですが…」  こんな話をすると「株を持っている人だけの世界の話だ、俺は株なんかに興味が無い、損するリスクを考えると怖い、株を買う気にはならない」と株式無縁論者の怒りの声が聞こえて来る。「アベノミクスで景気が良くなったと言っても株価が騰がっているだけで我々(株式無縁論者)には関係がない」とおっしゃる御仁がおられるだろうが、よく考えるとこの発言は全く可笑しな話である。

■  誰にでも等しく儲けるチャンスの有る株式市場   確かに数千万円、数億円単位の株式を保有している人であれば、株価が騰がれば相当の値上がり益を享受できる。しかし、それは値上がりしている優良な銘柄を持っている人に限られる。バブル崩壊、リーマンショックと株価が大暴落前から保有しているような人々は未だ含み益が出ていない銘柄も多数あるから、株を持っている人でも全員が全員儲かっているわけじゃない。と言うよりもむしろ儲かっていない人の方が多いかも知れない。実際、バブル期に高値づかみした方々や、原発汚染で神話が崩れた東京電力株を保有していた資産家などは莫大な評価損を抱え売却した人は大損を出し泣いている人が多い筈だ。

そう考えると、安倍政権の景気対策が、此れから現実に成果を揚げて成長経済が展開して来るならば、今から株式投資を始めるという人にとっては幸運なスタート地点にいるといえよう。含み損を抱えてマイナス地点にいる投資家から見れば「株を持っていなかった人はいいですね」と皮肉を言いたくなるのではないか。

株取引は売買決算して初めて損益が確定する。手持ち株がいくら騰がっても利益確定(売却)しない限り只の含み益であり、買方がいくら下落しても反対売買(投売り)をしない限り含み損の評価でしかない(売り方はこの反対)仕掛け中は売りも夢、買いも夢、仕掛け中は夢追人、夢の世界である。

配当や株式優待狙いが目的の長期投資家や企業としがらみ(株式持合)などは、株価が上下しても売るとは限らない。株価が数十倍になって株式分割するような銘柄(例:ガンホー等)に遭遇したり、マネーゲームと割り切っている利益狙いの投機家であれば話は別だが。

■「株を持っている人はいいですが…」  と言っても、現在は1株当たりの株式購入額は売買単位が銘柄によっては一株から売買が可能な銘柄が多くなっているので万札一枚でもその気になれば個人で株式を購入することは十分に出来る環境が整っている。ネット証券を利用すれば昔のようにわざわざ証券会社に出向き購入する必要もなく電話で売買を注文する必要もない。

加えて売買手数料も大幅に安くなっている。十年程前のネット証券の売買手数料から比較すると特に安くなり売買のタイミングさえ間違えなければ一円、二円の上下だけで差損益を手にすることが出来る。

■「株は怖い」という『嘘から出た実』  無論、株式投資にはリスクが付き物だが、現在は極めて敷き居の低い世界で個人が参入することを阻む勢力はなく、ほんの少しのリスクを取ることのできる人であれば知識があろうと無かろうと株式投資家になれる時代である。

こんな時代に、株を持っている人を羨ましがり、ぶつぶつ呟き、嘆くのは 「愚痴多く時代に乗れない未熟児の遠吠え」 としか思えない。恐れず侮らず勇気を持って株の売買を行えば良いだけの話なのだ。

「俺は金なんか欲しくない」と嘯き、勝負を恐れ、自分自身、生きている事自体が勝負をしている事を忘れ、株取引にそっぽをむき『食わず嫌い』からか『株は怖い』と愚かな心をむき出しに社会的地位に優れた立派な諸先輩の中に以外に多い事、この賢者と思われている方々からなぜこのような言葉が出てくるのか不思議としか言い様がない。



■ 「怖い話」 と 「凄い話」  “一夜成金と一夜乞食”   確かに怖い話は沢山ある。  一例を挙げてみよう。

① お告げと称して株取引を行い当初、大儲けをし、熱くなり、曲がり始めると資金繰りに苦慮し詐欺事件を起こし、留置所に入った料亭の女将。

② ライブドアの株式を大量に買い進み一時期大儲けで有頂天になった途端、粉飾決算で社長が逮捕され、株価が紙くずと化し、自殺噂が出た事もあった。

③ その反面、堀江社長は絶好調の時、最高資産三千億円、刑務所に入る直前には総資産わずか三十三万円(本人談)、現在は推定五百億円の資産を有しているらしい。

④ 通称ジェイコム君はジェイコム株式の誤発注騒動で二十億円以上を数分で儲け一躍時の人に躍り出た。 彼は平成十二年の総資産、百六十四万円。 十六年の総資産、十一億円。 二十年の総資産が満二十八歳にして二百十八億円。 その後、秋葉原の将来の展望を見越し、ビル二棟を買い、含み資産を増大させ、平成二十五年、三十三歳にして 推定四百億円 を突破していると言われている。

■ 「リスクが有るから怖い」   こんな事をいう人は株式投資とは無縁かもしれないが大抵は「株は怖い」との思い込みが邪魔をし、実社会から遊離し孤立しているのに気付かないだけではなかろうか。「株は怖い」という言葉自体が誰が広めたのか知らないが、およそ実体とは掛け離れた言葉である。

「株は怖い」 よりも 「パチンコは怖い」 「競馬は怖い」 「宝くじは怖い」 の方がまだ現実に即している。 株式投資では余程のことがない限り元本が0にはならないが、パチンコも競馬も宝くじも高い確率で元本が0になる。





■ 「株式投資で借金を抱えてしまった」  というような話は、信用取引に手を出して失敗した人の話であり、余剰資金で現物株を売買している限り、大損することはあっても借金を背負うことは絶対に有り得ない。そもそも借金したお金で株式の売買を行なうという行為は「博打」「投機」であり、健全な株式投資家とは言えない。横領資金の行方を追及され方便として「株取引・競輪・競馬」で大損をした」と新聞・テレビ報道を見聞きし、稀な失敗談を元に「株は恐い」という噂話が真実になってしまったのだろう。

「嘘も百回言えば真実になる」という言葉は身近な所にあったわけだ。「株は怖い」と同じように「お金は汚い」「お金は醜い」というような心の貧しい思い込みを常日頃抱いていると本当に貧しくなる場合があるのでこの様な洗脳から脱皮し勝負に生きる人生『面白き哉、株式投資は長生きの常備薬』 と考えては如何かな。現在の株式相場にはその洗脳を解く「ちから」が有るかもしれない。




■    「つもり投資」 株は怖い、リスクが怖い、損をしたくない、と云う洗脳されている御仁には「つもり投資」をお奨めする。 買ったつもり、売ったつもり、には実益も実損もないが、良き頭の体操であり、長生きの常備薬となるばかりか、政治・経済に関心を持ち、企業分析や種々の会社の事業内容を自分なりに分析したり、調べたり、研究したり、老いて益々盛んな行動を発揮する事で勝負の世界に生きる人生の楽しみ、金の要らない株式投資家としての夢追い人生、面白き哉、株式投資こそ長生きの常備薬、『百歳万歳』 となるだろう。


  平成25年12月 師走月  脱稿




              寶玉堂経済研究所 主幹  丸山三代次
                      (東証ペンクラブ会員)
 

昭和二十年~五十年まで偏見で抜粋した年表

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)20時00分44秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
  (昭和二十年~五十年まで偏見で抜粋した年表)

昭和二十年、  東京大空襲で東京株式市場立会い停止(三月十日~十六日)
             米軍機、広島に原子爆弾投下(八月六日)
           全国立会い市場停止命令(八月九日)
           米軍機、長崎に原子爆弾投下(八月九日)
         ポッダム宣言受諾・ 終戦(八月十五日)
         日本の敗戦に伴いアメリカ軍とソ連軍が朝鮮半島の南北に駐留し、朝鮮は、三十八度線を
         境に分割され、金日成率いる北朝鮮は、ソ連の支援のもとで、軍事力を増強し南北朝鮮の
         武力による統一を決意。(八月十五日)
         GHQ、証券取引所再開禁止を指令(九月二十六日)
         GHQ、四大財閥解体に関する政府計画を承認即時実施(十一月六日)
          東京、大阪、集団売買開始される(十二月十七日・十九日)


昭和二十一年、  預金封鎖実施   (二月十七日)
             新旧の円交換開始(二月二十五日)
        日本国憲法布告 (十一月三日)

昭和二十二年、 日本国憲法施行(五月三日)
          東京証券外務員協会設立総会(七月十九日)


昭和二十三年   政府からGHQに証券取引所の開設許可を申請 (四月八日)
            証券取引法の改正公布、証券業者登録制となる (四月十三日)
           東京証券業協会発足  (七月七日)
             政府がGHQに対し証  券取引所の開設を要請 (八月十三日)
             証取法第六十五条施行 (十一月七日)


昭和二十四年、  GHQ制限付き証券取引再開を許可 (一月三十一日)
              実栄証券十二社設立  (二月九日)
              東京、大阪、証券取引所共に設立 (四月一日)
              GHQ、一ドル=三百六十円のレートを設定 (四月二十三日)
              GHQ、取引所再開正式許可 (五月十一日)
             東証・大証・名証・株式売買立会開始する。正会員百十六社、
        上場会社数四百八十五社 (五月十六日)
           株式大暴落、空売り急増でダウ平均九十八円五十銭 (十二月十四日)


昭和二十五年、  株式市場低迷続く中、場外(バガイ)の旭硝子が大商い(三月七日)
            証取委、旭硝子、新光レイヨンの解合い実施 (四月二十四日)
            朝鮮動乱勃発 (六月二十五日)
           北朝鮮軍、三十八度線線突破、韓国軍撤退しソウル陥落(六月二十八日)
           ダウ平均八十五円二十五銭と開所以来の最低水準記録 (七月六日)
             国連軍の武力制裁が決議され株価は出来高を増やし一転して
        株式熱狂的な大暴騰 (七月十二日)
             株価続騰は出来高を一段と増やし空前の九百四十四万株、
        ダウ平均は百〇九円三十四銭。(七月十七日)
             マッカーサーは、ソウルの西、仁川に奇襲上陸し、北朝鮮軍の背後を突き
       、戦局を逆転させ北朝鮮軍は敗走。株価は、八十七銭円高の百十円三十五銭高、
        出来高百七十一万株 (九月十五日)
             韓国軍、北朝鮮の首都ピョンヤンが陥落す。ピョンヤン陥落し
        た日の株価は一〇七円四十四銭 (十月十九日)
            中国義勇軍が、ソウルに迫ると株価は九十九円四十九銭と一〇〇円
        を割り込む。 (十二月二十一日)
            東証協、創立十週年式典挙行 (十一月十六日)


昭和二十六年、   東邦レーヨン事件 (一月六日)
             中国は親米国家と国境を接することに危機感を抱き、
        人海戦術で中国軍を参戦させ戦局は再び逆転させ一月初
        めに中国と北朝鮮連合軍は再び、ソウルを占領。米軍も
        体制を建て直し三月十四日ソウルを再奪還。マッカーサーは
       、中国本土に戦争を拡大しようとする。ソ連との戦争を恐れ
        たトルーマン大統領はマッカーサーを解任する。(四月十一日)

          筆者(マルヤマミヨジ)兜町の小僧として誕生する

        サンフランシスコ講和条約締結。マッカーサー解任の翌日の株価は
        下落し百十九円〇四銭安、次の日も値下がりするがこの日の株価が
        大底で其の後長期にわたり暴騰を続ける。このニュースは、株式市
        場に好感をもって迎えられ五ヶ月前のマッカーサー解任の時と比べ
        ると、百四十五円八十三銭、二十二%の上昇。(九月八日)


昭和二十七年、 昭和二十六年末のダウ平均百六十六円〇六銭から、二十七年末には
        三六二円六十四銭と僅か一年で二、一八倍の値上がり、日本経済が
        この戦争を契機に復興したのは間違いない。(年末大納会)


昭和二十八年、 東証ダウ平均、四百七十四円四十三銭の最高値を記録す(二月四日)
        ヘタ株(未発行権利売買)事件発生 (二月二十三日)
        昭和二十五年六月に始まった朝鮮戦争は日本に特需をもたらし太平洋
       戦争で荒廃した産業は完全に復興し輸出も増加し株価も本年二月まで
       絶好調。そんな状況下で、三月四日、ソ連が、「スターリン首相の重態」
       を発表し翌日、脳内出血で死亡(七十三歳)株式市場大暴落、ダウ平均三
       百四十円四十一銭、三十七円八十一銭安下げ率九、九%。 (三月五日)
      一転しダウ平均三百七十七円八十六銭と暴落以前に猛反発(三月七日)
           朝鮮戦争の休戦協定が成立。 (七月二十七日)


 昭和二十九年、 東証労組ストライキ、取引所を占拠しピケを張る(十月二十六日)
        米国ニューヨーク市場、ダウ平均三〇〇ドル八三セントと三〇〇ドル
        の大台を突破 (三月十一日)


昭和三十年、 ブルガーニンソ連首相就任で軍需株株中心に株価急騰!東証の売買高は
       二千七百二十五株と年間最高を記録す。 (二月九日)


昭和三十二年、 東証ダウ平均、五百九十五円四十六銭の最高値を更新(五月四日)


昭和三十三年、 東洋精糖の買占め問題で調停案調印する(十一月十七日)


昭和三十五年、  東証ダウ平均、一〇〇〇円の大台突破 (二月二十日)
              池田勇人内閣誕生、所得倍増計画推進(七月十九日)

                (銀行よさようなら、証券会社よこんにちは・・・)

              東証の売買高二億株を突破す (九月三十日)
            高度成長政策を反映しダウ平均は千三百円の大台を突破。
         日興證券静岡支店長が生み出した投資信託のキャッチコピー
         「銀行よ、さようなら。証券よ、こんにちは」流行語になり銀行
         預金を解約し投信一兆円を突破。(十一月九日)


昭和三十六年、 投資信託の膨大な資金が株式市場に流れ込み株価は千八百二十
        九円七十四銭まで上昇。(七月十五日)


昭和三十七年、  東京証券アナリスト協会発足 (十月十五日)


昭和三十八年、   ケネデイ大統領、利子平衡税創設を含む国際収支特別教書提案で
         東証株は大暴落、下げ率四、二パーセントの一四四九円九十銭、
         六十四円四十一銭安  (七月十九日)
              ケネデイ米国大統領暗殺でニューヨーク市場立会い停止、七百十一ド
         ル四十九セントと二十一ドル十六セント安と大暴落(十一月二十二日)


昭和三十九年、  日本共同証券創立総会  (一月二十日)
             日本共同証券初の買い出動。(三月六日)
              第18回、東京オリンピック開会式(十月十日)
              閉会式(十月二十四日)十五日間にわたって行われ、
         政府は十月十日の開会式を記念して国民の祝日、体育の日と定めた。


昭和四十年、 日本証券保有組合設立 (一月十二日) 構造不況
           山陽特殊製鋼が500億円の負債を抱え会社更生法の適用申請。
       多くの関連会社・子会社にも連鎖倒産が広がる。(三月六日)
          山一証券が危ないと報じられ、顧客が各支店に殺到し預け入れ資
       産返却を求める取り付け騒ぎが起こる。 (三月六日)
          この事態を憂慮した政府は日本銀行総裁・取引銀行頭取達を集め
      この場で時の大蔵大臣・田中角栄が融資を渋る頭取たちを一喝し無制限・
      無担保の 日銀特融を決め山一證券再建の日銀特別融資を発表(五月二十八日)


昭和四十一年、 日本共同証券、保有株式約千百億円を売却 (三月九日)
                 いざなぎ景気  高度経済成長期

昭和四十三年、 日本共同証券、日銀融資を完済する (八月二十二日)
              日本証券保有組合、日銀融資を完済 (八月二十二日)
             ダウ平均一八三九円八十一銭と七年二ヶ月ぶり最高値 (九月三十日)
             ダウ平均、千八百五十一円四十九銭の最高値を更新 (十月二日)


昭和四十四年、  日本証券保有組合の凍結株放出を完了 (一月六日)
              日本証券保有組合解散 (一月十一日)
               四十三年度国民総生産五十三兆二千八百八十二万円と米国に
         次ぐ世界二位に飛躍、実質経済成長率は十七,六パーセント(三月)
        東証ダウ平均、二千円の大台を突破 (五月三十一日)
              山一證券、日銀特別融資を完済 (九月三十日)


昭和四十六年、 ダウ平均、二千七百四円九十銭と史上最高値を記録す(八月十三日)
             ニクソン米国大統領、輸入課徴金の新設・金交換停止を発表で東証
        株価は四っ日間で五百五十円八十二銭もの連続大暴落(八月十九日)


昭和四十七年   田中角栄64代総理大臣、内閣誕生、日本列島改造論   (七月七日)

昭和四十九年、  四十八年度国民総生産百十五兆六千七百五十二億円と初の壱百兆円
        を突破する (三月)


昭和五十年、 四十九年度国民総生産百三十六兆四千二百二十四億円と一段と伸び続ける(三月)


                                                以上


昭和六十四年一月七日(1989) 昭和天皇崩御
昭和から平成に改元、平成元年一月八日(1989)
平成元年十二月二十九日(大納会)  日経平均株価 三万八千九百十五円八十七銭
バブル崩壊期へ突入開始





    ●スライドシヨーもご覧になってください●

   株式立会い場の閉場式典で、紙吹雪舞い散る天井を右下から見上げる小生
   (毎日新聞社提供写真)  ~ その他、50葉のスライド写真です。

   ★兜町株式立会場の閉場式典  ★蝶ネクタイの男(特定ポストの競売買で手を振る)
   ★週間読売表紙カバー左下で手を振る小生   ★重要文化財『大手鑑』   ★証券取引所
   ★日本語学校の生徒を連れて大江戸温泉研修   ★寶玉堂の写真   ★いたずら小僧
   ★兜町100周年記念柔道大会    ★兜町の千軍万馬の武将達との懇親会 等々
 

兜町回顧録

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時59分31秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
   東証ペンクラブ 設立四十五周年記念

 兜町回顧録
   寶玉堂   丸山三代次
             (東証ペンクラブ会員)


   序文

東証ペンクラブが設立されたのが昭和四十二年九月、今年の九月で四十五年目の節を越えた。符節を合わした如く設立当時、多大なご尽力を下さった山和証券山口茂社長(現特別顧問)が当会の会長をお引き受けくださり嬉しさ一杯である。同時に当会の機関紙「Pen」特別記念号発行のご案内を頂き、当時を知る小生の薄れた記憶を呼び戻す為、我が家の保存資料を引っ張り出し、兜町に纏わるエピソードを交えた戯言を思い出し、今、半世紀以上にわたる諸先輩方の温情溢れたご指導ご鞭撻を頂いた有難さが蘇り、懐かしさ胸つまらせ興奮しながら兜町の一面を筆にし、参考に供せればと己の恥部も曝け出し執筆させて頂いた。





戦後の混乱期

戦後のドサクサ混じりの混乱期、昭和二十六年、夜学に通う爪襟姿の勤労学生が兜町で働くようになった。GHQの指令で一時証券取引所が閉鎖され、昭和二十四年五月十六日、三年八ヵ月ぶりに株取引の立会いが開始されてから二年目の事である。

いがぐり小僧が黒板書きから “場立ち” を経て、昭和三十四年、結婚を期に営業所長に抜擢され活躍していた時、相場の神様と言われていた山崎種二氏が私の所に飛んで来た事が有った。後日、山種の役員から聞いた話だが「親父(社長)は自社の支店めぐりに行く事は無い!然し役員会議で何時も店頭の暖簾にお客がはみ出す程賑わっている証券会社があるとの噂話が出て、それを耳にした親父が見に行ったのだろう」と言っていた。

白木屋乗っ取り事件、ピストル事件、ホテルニュージャパン火災と蝶ネク姿の横井英樹氏や、証券取引所の守衛から二代目鈴久と騒がれた藤綱久二郎も顧客として注文玉を扱っていた。

兜町の業界紙、株式、日証、市場、日刊投資、経済日報、曽田経済、そして、かぶと新聞等々からは投資戦略、株式展望などの連載記事の執筆依頼が舞い込み、日刊投資新聞と証券ニュース新聞からは一面下の投資レーダー欄にペンネームで小生の毎日書く市況解説と注目銘柄の記事は的中率高く人気を呼び、発行部数が増えたと喜ばれ、特別原稿料を頂戴し、好き勝手な記事を結構楽しみながら書き続け投稿に応じていた。

株式情報のペンを走らす仲間には、お洒落で粋な尾上洋一(市場新聞社長)。質実剛健と評判高い安藤保(証券レポート社長)。日経記者から「証券ニュース新聞」を発刊した安藤仁三郎社長。皇室宮家と縁のあった「かぶと新聞」の森喬一社長。朝礼でみかん箱上から万歳三唱後、鎧橋際で派手な見出しで飾った号外や自社新聞をばら撒き船出した「日刊投資新聞」の松本亨社長。泥臭い内紛から社長になった「経済日報」の門山修二郎社長。独眼流で有名になった立花証券の石井久社長。各々社長ペンマン達とは個人的付き合い深く彼等とのエピソードを記事にしたら吃驚する面白い秘話が沢山ある。然し限られた紙面で到底語り尽くせず一旦書き下ろしたが纏まらず削除した。

正会員協会の専務理事の金原一郎先生(講道館柔道八段)は小生の講道館柔道入門時の推薦人、山一證券の小池厚之助、大神一の両氏からは兜町柔道部の諸行事には決まって小生を通じ多額のご寄付を下さった所謂株屋的大親分だった。取引所の馬場光雄常務理事、高井証券の高良禮一、十字屋の安弘一、三栄の平山三郎、才取り(実栄会)十二人の各社長達・・・皆、兜町をリードした重鎮、武将達で、まだまだ名を挙げたらきりが無く語り始めたら止まらない程多くの忘れられない恩人が沢山いた。




 修羅場にも似た貪欲な魂

会社も違う若造だったが、証券取引所の修羅場にも似た貪欲な魂が鎮座し、蠢き漂う屋根の下で手を振る“場立ち”として独特の“せり売買”「特定ポスト」で各社を相手に駆け引き入り乱れ、相場を操る魅力は兜町の花形、仕手戦で闘争心丸出しにして手を振る己を振り返り、興奮蘇り醒めず、血潮が騒ぐ・・・。

 昭和二十九年十月、労働組合による取引所の 二十四時間ストライキ突入「ロックアウト」 が起こった。当時の取引所小林理事を始め数人の重鎮が外部連絡の為、前以て役員室に籠城し、労組決裂からスト突入を想定し対策を練って遠山議長が総司令長。小池協会会長・小林理事長が副指令長。鈴木書記長が参謀長となりビケ隊突破の指揮隊本部を立合場南口入口前の山二証券の二階に設け、警察の予備隊(現在の機動隊)も待機し、一瞬即発の労組と睨み合っていたが、それとは別に協和会・実栄会もロックアウト破りの作戦を練っていた。

 当時は講道館柔道柔道初段で張り切っていた時でロックアウト破りの先鋒隊にならん==として南口正面玄関前で労組職員の動向を見つめていた小生たちに、三栄証券の平山三郎社長(元場立ち)が来て同社の伊藤(場立ち)に突撃の号令を出したので『それ==』とばかり一斉に片っ端しからロック引き離し攻撃を開始し 「泊り込み覚悟」で立会場に入場した。 其の時は既に午後四時を回り立ち会いはせず手締めだけで終わってしまった。

 数日経ってロックアウト破りの我々に対し、入場の際、女性に対して “乳揉み攻撃" でロック外しをしたと噛み付かれ、 数名が痴漢扱いのレッテルを貼られたが、何のお咎め無しの無罪放免された事もあった。 労組や警視庁や検察庁とのやり取りは大変だったようだが詳しい事は我れ関知せず、ただ正常な取引開始に満足し “乳もみ作戦勝利" で夜は仲間と須崎パラダイスにチョンの間にしけこんだ事が思い出される。此の頃の取引所は氷柱を何本も立会場内に置き冷房宜しく冷やしていた。

 証券会社全従業員、横の団体、『協和会』“柔道部”に所属し、稽古に励み、講道館三段の免状を取り、上場企業、国税庁、警察、東西対抗親善試合など政治的匂いを秘めた交流試合には決まって終了後、懇親会を開き、其の親睦費用は某組織の重鎮を窓口とした裏金?で盛大に開催していた。

“写真部”ではプロの写真家を招き自慢の写真を持ち寄る月例会、当時は贅沢な趣味と言われた高級カメラを片手に美人モデルの撮影会を開き、他部会や仲間の宴会に招かれては決まってカメラマンに変身し撮影に応じ交流の輪を広げていた。

そんな関係の広がりから東京商工会議所の正会員になり、此処でも多方面に顔を出す機会が増え、清和会(現清和政策研究会)での勉強会にも積極的に参加し、不思議とお偉方から目を掛け可愛がって面倒を見て頂き、便利がられ行動範囲が益々大きく広がった。



 名を捨て実を取らん

昭和四十年には“名を捨て実を取らん”と一匹狼的存在と言われていた歩合外務員に転職し“稼ぎまくる男”と週刊新潮を始め、週刊読売、週間ポスト、週刊サンケイ、内外タイムスでは写真入で紹介され、業界新聞や経済界(フエイス出版)、東洋経済誌などマスコミ報道はお世辞宜しく「当りやの丸チャン」と騒ぎ報道した為、見知らぬ方から手紙が一週間で千通を越し、長嶋茂雄や王貞治より高収入で高額所得者名簿『紳士録』に掲載され、日本橋税務署の壁に大口納税者として番付が貼り出され、群がる数々の団体から寄付金依頼は五月蝿く異常だった。

兜町で働きながら一段落すると、大正時代に開店した親の築いた『寶玉堂』(時計宝飾)の三代目として継いだ店舗に出向き、御徒町の別宅の一部を改造したオーシャンバー「クラウン」を経営し、六本木の東京ベット地下一階には二十六坪の 愉快な応接間、“ラウンジ”「ウオール」を二重就業の許可を得て開店させ、河口湖畔には三百人収容可能のバーベキューガーデン・テニスコート、日焼けコーナー、サウナ風呂、その他、湖畔で遊ぶモーターボートやバイク等フル設備を備えた二千坪のホテル「フラミンゴ」に勤労学生時代に将来の夢を誓い合った男からの誘いで会長として君臨した。

京都の青蓮院から流失した重要文化財「大手鑑」を不思議な縁で取得したり、種々の絵画書画骨董に手を出したり、「サラリーマン銀行」「夜の蝶銀行」「給与振込銀行」と話題を振りまいた平和相互銀行の小宮山英蔵氏との個人的付き合いから株集めにも協力したり、高松宮宣仁親王を担上げ国内百コースのゴルフ場『太平洋クラブ』をぶち上げ、当時、国家公務員の大卒初任給が一万九千六百十円、高卒が一万四千四百四十円の時に会員権を四百八十万円で募集し、二年後には二千万円になると宮様の写真入募集パンフレットに釣られられ、欲の皮のつっ張った小生は勿論のこと株のお客様や友人達に「株を売って会員権を!」と(爆笑)・・・。太平洋クラブの打ち上げ花火は新聞報道によると数日間で百億円を掻き集めたようだが其の後、小宮山英蔵死後の紛争は凄まじく諸先輩方はご記憶の通りである。

伊豆下田の高級別荘地、東京北千住の戸建住宅二棟、値切りもせず購入し、安行の造園業者の親方に凝った日本庭園、坪庭、お茶室などを造らせ典型的なバブル期時代を謳歌した馬鹿者が筆者である。(馬鹿笑)




 経済繁栄に酔い地上げが横行

国民全部が経済繁栄に酔い、地上げが横行し、株価は高騰を続け、銀行は無制限融資、ゴルフ会員権迄高嶺の花が咲き、太平洋クラブの会員権が五千万円の買気配!気違い経済は日経平均三万八千九百十五円の最高値まで突き進み、儲けそこなった輩の僻み恨み節は、株式・不動産・会員権こそ悪の根源とばかり、三種の神器に浮かれた輩を罵り攻め、遂に真面目な投資家まで『株隠し』の風潮が広がり、浮かれ極楽トンボ達への咎めは一国を巻き込み、釣瓶落しの如く奈落の底へ真逆さま、バブル崩壊は、“金持ち撲滅運動”が展開され、地獄の恐怖が情け容赦なく襲い掛かり、ご多分に漏れず小生も其の後の武勇伝は思い出すのも悔し涙、とても筆に語れず、恥ずかし過ぎて執筆ご勘弁を乞い懐深く秘事栓錠鍵を掛け(苦笑)省略する事にした。(自棄糞激涙)

・ 飲み食いする金あらば相場せよ
           長者になれる真の近道 (懲りない男のつぶやき)
   ・ 幾度も貯めてはこぼす兜町(シマ)の雪 (浮き沈み激しい相場の世界)


馬鹿話はさておき東証ペンクラブ設立前後の証券業界の経緯を述べて見よう。戦後一時期GHQ指令で証券取引所が閉鎖された空白時代もあったが昭和二十四年五月十六日、三年九ヵ月ぶりに再開された証券取引所に集まる社長達のご苦労は波乱期の難問が山積され、諸官庁や業界間の取り纏め、逸話も秘話も噂も盛り沢山、其の先頭に立っていたのが四社(山一・日興・野村・大和)がリード役で諸問題の改革・解決を重ね、乗り越え、発展期につながったが其れに纏わる珍話も多数耳にし、真偽入り乱れた内容は昔(いにしえ)の保存資料や先輩から聞いた話など、記憶を辿った事なので軽々に筆にするには憚ばかり躊躇し、此処では差し障りの少ない記述で“筆者の戯言”と諸先輩方には寛容なお気持ちでご笑読下されば幸甚である。

●青天・ちょんぼ、しこり、カンヌキ、飛ばし、へた株・から(空)・歩み・板・抜け商い・追証・押目・支え・掛目・ガチャバン・シマ・ガラ・ぎょく(玉)・食い合い・クロス・撃析(ゲキタク)・高台・下駄・ケツ・ザラバ・自己商い・提灯・万歳・仕手戦・地場受け・ジリ高・政治・大底・大納会・高台・提灯・手口・手仕舞い・鉄砲・手張り・天井・ちょんまげ・投げ・ナンピン・ぶんや・バイカイ(媒介)・黒板書き・トンネル・飲み行為・飲み屋・場電・含み・大引・笛・踏み・本尊・まる・やられ・呼び値・寄付き・付け変え・カモ・利食い・三ジャン・河岸向う・ダット・水音・闇屋・闇取引・鞘取り・廊下・拳骨・解合い・抜け商い・抜けがら・ボロ・ナンピン・鉄砲・棺おけ・葬式・・・

以上の言葉は兜町の専門用語。女郎屋(郭)の隠語もあれば物騒な言葉、不吉な言葉、下品な言葉、意味不明な言葉、株屋が使う専門用語は数え切れない。場立ち仲間しか通用しない言葉や手サインでの会話はシマ(兜町)の中だけにしか通用しないこじ付け言葉も沢山あるが強いて説明をしない事とした。

兜町には評論家先生たちがゴロゴロしている。営業畑のお偉方から一平卒まで株式相場に関しては全員プロの評論家なのだ。知人の株式部長、営業部長は当たり出した後には、当然のごとく“先生”“先生”と騒がれ、本人も又その気になって自分が相場を動かしていると錯覚し、自惚れ、挙句の果てに会社を傾けさせた仲間もいた(恥涙)。年末には「来年の相場見通し」を新聞紙上に掲載されるが一流と言われる人こそ投資家に大きな影響を与えるにも係わらず予想は当らない(嫌味笑)“当り屋変じて曲がり屋”と言われても平気で懲りずに理屈をつけ評論する。(恥笑)



 橋のたもとの罫線屋

鎧橋の麓や開運橋のたもとには罫線屋と言われる予想屋達が店を開き、通称“チャップリン”と言われた風変わりな男が一番人気。頭に毛が少ないのに山二の地下にある床屋に毎日通う某大手の株式部長の相場観は凄く、直ぐに地場筋の提灯で兜町を揺り動かした。成瀬の裏口で靴磨き婆さんは豪邸暮らし。合同と金十の間でタバコを売るマーちゃんは八頭身。日証館でシュウマイを売るびっこ婆さんは巣鴨の大地主。

江利チエミ、島崎雪子、淡島千影、黒岩重吾、坊屋三郎、筑波久子、などの芸能界に縁の深い関係者は沢山いた。戦前・戦後の大将(社長)は殆ど株相場で財を成した偉人達で、兜町は『宝の山』と言われていた。小生が入社まもなく社長に“月給を上げて”と直訴したら『バカヤロー、金が欲しかったら相場で儲けろ!』と一喝され、言われるままに手張りで儲け、週末にはあぶく銭が転がり込んできた。天下御免の投機場と言われていた頃は大将(社長)が率先して獲物を狙う獣のような金儲けに眼をギラギラ輝かせていたのだ。


戦前・戦後の歴史を刻んだ相場師と言われた大将には、野村徳七(不滅の野村大国の元祖)。 岩本栄之助(売りの名人と騒がれ、中之島公会堂を寄付し、海運好況、戦争景気で株価は大暴騰するや客の買い玉を呑み、売りで破綻、ピストル自殺、享年四十歳)。 松井伊助(買占めで財を成し北浜太閤と呼ばれ別宅にライオン像を飾り相場師の威厳を示した男)。 松谷元三郎(北浜の天一坊と云われ、敵を欺く知恵優れた策士の相場師)。 太田収(兜町の飛び将軍、東大出身のインテリ相場師、買で大儲け、買で大損、相場に破れ青酸カリ自殺)。 山崎種二(米粒を拾いニワトリの卵で小銭を稼ぎ、米相場で「買の山種から売の山種と呼ばれ、兜町に進出するやろくな学校教育を受けていない男がソロバン片手に「鞘稼ぎ相場」で堅実な利益を生ませ、「相場の神様」と云われた苦労人」。 佐藤和三郎(合同のブーちゃん、七転び八起きの相場師で、取引所の立会場で自ら手を振り、ゴルフ場をつくり、映画「大番」のモデルとなる)。 石井久(駅前交番の警察官から担ぎ屋で小銭を貯め、新聞記者から証券会社を買収、株式新聞に独眼流のペンネームで「桐一葉・落ちて天下の秋を知る!」とスターリン暴落を的中させ一躍兜町のスター格に登場)、奇想天外な相場師たちは数え上げたらこれまた切が無い。
現在は時代が変わり己の欲望の為、生え抜きの相場に生きる大将は消え『証券業界発展の為』『株式売買の公正且つ円滑化を図る為』『投資家保護と信頼を得る為』と大義名分を掲げる社長さんばかりで自らの手張り売買は禁止行為、昔の豪腕な相場師は不要、不適格、存在しては駄目なのだ。



 土屋社長と安藤社長

日東証券の土屋陽三郎社長は湘南、江口、大一呉証券を吸収合併し、業界の中では喝采を浴び躍進した方で『三洋証券』として立派な本社ビルを竣工させ、屋上に一匹百萬円もする錦鯉を泳がせ、其の後、世界最大級のトレーディングセンターや大型コンピューターを導入し、見学に訪れる多くの証券会社の重鎮や業界新聞の社長や取材記者達の中に、ひとり質実剛健、温厚な業界の顔役、証券レポート社の安藤保社長がいた。

土屋社長と安藤社長は頻繁に会い、常に話に花を咲かせ夢を語り強い信頼関係を築いていた。そしてどちらが先に言い出したか定かではないが兜町内に文筆に親しむ仲間を集めて『証券界の発展と貢献』『知識の向上と交流』『同志の親睦と情報交換』の組織を作ろうじゃないかと話が進み「東証ペンクラブ」の発案が出た事を聞き、当会設立の動機だったとも伺った。

そして安藤社長が先頭切って四社の社長や各証券会社を廻り地ならしの為の下話をし、兜町で活躍中の多くの現役ペンマン達にも呼びかけ、冒頭に記した山和証券の会議室をお借りし会議を重ね実を結びスタートしたのが『東証ペンクラブ』だったと記憶している。発足当時六十五社の賛助会員、八十五名の個人会員、土屋陽三郎氏が初代会長として十五名の役員を配した船出であった。

設立当時の刊行物は現在の機関紙「Pen」と違い、第一号から数号迄は簡単なレポート形式の案内、通知、報告程度だったような曖昧な記憶しか浮かばない。規約に目的、組織、会員、会費などの決まりはあったが設立当時の運営状況は業界の殆どが賛助会員となり、後押しして下さり財務状況はすこぶる良かった為に会員からの会費は当初は回収していたが直ぐに『無料』とし、会費は徴収せず運営を行っていた。土屋会長は「新しい企画や行事には幾らでもお金はつくれる!出て来る!出す人がいる!」と云っていた。

一方、当会の設立に前後して証券業協会が昭和四十五年に三十周年を迎える為、記念行事の企画が持ちあがっていた。そして協会最高顧問の遠山元一、同会長の瀬川美能留両氏の下、阿部康二、梅原穣、鈴木萬造、田口真二、藤波剛、土屋陽三郎の業界大物各氏が集まり「兜町の諸先輩の苦心談、秘話などユニークな話を後世に残す為の書物をつくろうじゃないか」との意見が出て、東洋経済新報社に依頼し、委員長に土屋氏が着任した事を考えると当会の設立の動機が此処にあったとも推理できる。




 貧乏人は麦を食え

当時の株式市場の背景は、昭和三十年代に入り多くの株式評論家の予想に反し「神武景気」から「岩戸景気」に突入し、「貧乏人は麦を食え」との池田勇人首相の「所得倍増計画」は、三十八年のケネデイショックも一過性ショックで乗り越え、進軍ラッパはインフレ現象を起こし、国際収支は赤字に転落したり、高度成長の美名は他所に設備投資の需要拡大から収益見通しを省みない資金稼ぎと疑われるような増資の急増が株式市場を圧迫したり、波乱に満ちた相場の動きに危惧を懐いた証券局は、流通市場改善策として株式供給抑制処置(新規増資の停止)を発令させた事もあった。

この株式不況を打開させる為、昭和三十九年一月二十日、日本共同証券誕生の経緯がある。当初から業界首脳部の悪評高く足並み乱れ成果が挙がらず為に僅か一ヶ年でその幕を閉じてしまったのはご承知の如くである。



この悪評に共同証券設立以前から異議、反論を唱えていた業界の重鎮達の進めていた業界独自の自主的機関の計画が極秘裏の密談を重ねていたのだ、井上東証理事長、谷口日証金社長(共に元日銀副総裁)高山日証金副社長(日銀出身)は経歴を生かし資金源を日銀に標的を定め、三十九年九月、山際日銀総裁から承諾を得て、不況打開に全面協力をする旨の意向を取り付け、推進責任者を井上理事長で決定し、綿密な機構を纏め、大蔵省の松井直行証券局長、加治木俊道財務調査官、石野信一次官まで了解も取り、中間関係者への説明に入った頃、嗅覚鋭い一部の新聞記者が嗅ぎ付け騒ぎ出して来たので急ぎ規約をつくり設立趣意書の草案を提出し、井上、瀬川、福田、田口各氏が当時、田中角栄大蔵大臣だった音羽の私邸に伺った時、資金枠を二千億円と言ったら「なかなかうまい事を考えたな一兆か二兆円をつくれよ」と独特の角栄節が飛び出し即決決断された秘話を蛇足ながら記しておく。


先人達の凄まじいご苦労の足跡、其れを取材した記者のペンの魅力、凄さに目を輝かせずにはいられない。昭和四十年の正月五日、東証会員懇談会後、十二日に『保有組合』は無事誕生したのも “義士の討ち入り ”の時のように隠密行動の密議を凝らした涙ぐましい先達たちのご尽力の隠れた結晶の船出があったのだ。



    『経済大国ニッポン』

 余談になるが業界のプロ集団、株式救済機関「保有組合」の過剰株式の吸い上げは凄まじく、すべてバイカイをつける「肩代わり」で二千三百二十七億円強を一気に吸収したが五月に山一事件が表面化し、投信大量解約や不安人気は証券恐慌の様相を呈していたが、この不安人気こそ摩訶不思議な“岩が浮き木の葉が沈む兜町”『カラ売り』が増え、自律反騰の舞台が整い、続けざまに「日銀特別融資」の実施や符節を合わせた金融緩和が発表され、売り方総崩れの踏み騰げ相場が展開され「イザナギ景気」が到来し、保有組合の使命は大成功、歴史に偉業を残し「経済大国ニッポン」に躍り出たのである。

この大成功を収めた保有組合の業者分手持株も翌年に売却、投信分も四十四年始めには全て完売!一月十一日に解散。勿論、発足時の約束、余剰金の半分(二百五十億円)を「資本市場振興財団」に移し資本市場育成の為の基金にしての解散である。財団の基幹資産は十一社の証券会社によって構成され十五年間の運用を経て帰還し業界の発展に貢献した事は言うまでもない。




 結 び

此処に登場した人物たちは皆、兜町の将来を見つめ発展を願い体を張って尽くして呉れた武将たちで、ペンを片手に活躍していた文筆家であり、ペンの威力と必要性を根底に秘めた精神が背景となり、ペンクラブ設立の基礎となっていた事を見逃してはならない。

東証ペンクラブを理解し援助を惜しまなかった偉人達のお陰で、設立当時の会員からは一時期ではあったが会費の徴収も無く、諸行事の費用も会員負担は微小に軽く、其の故は『兜町で活躍して呉れる組織』との期待と願いが根底に運営されていた筈だからだ。これ等の事を考えると、現在の当会を取り巻く環境は、当会に対する理解者が居なくなったのか?それとも業界の体質が変わったのか?

 否、当会の存在意義の影が薄れてしまったのか?それとも我等会員一同は初期の目的、精神、使命を忘れマンネリ化してしまったのか?設立四十五周年の節を機に、今こそ自戒を含め、バブル崩壊から沈んだ日本経済蘇生の為、其れを担う証券業界の重大な意義と使命と責任を自覚し、投資家回帰の為、兜町を取り巻く現役の優れた文筆家達の入会を呼び掛け『東証ペンクラブ』の“存在意義”を知らしめ“誇り”と“使命”を奮起し、狼煙を高々と揚げる時ではないか!

 既に其の体制は、民主党を破り大勝した自民党の安倍内閣が休眠状態の経済財政諮問会議を復活させ、『危機突破内閣』のスローガンを掲げ、日本経済再生本部を新設させ、円高対策・デフレ脱却・二パーセントの物価上昇と景気対策を最重要課題に位置づけ、景気回復の背景は整って来ている。 さあ~ 歴史は必ず繰り返す・・・ 温故知新、兜町は不滅なのだ! 兜町は日本経済のバロメーターなのだ! 日本の国力を信じ、日本の底力を世界に其の実力を示そうじゃないか。
                                                       以上


平成二十四年 師走月 吉日  脱稿



 

裸の日本

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時57分26秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
  変幻自在の社会情勢
一寸先は闇の世界!






 中国の秘密文書を検証     改定版

中国共産党が中国の革命工作員に配布した『日本解放綱領』という怪文書(秘密文書)を入手した。1972年(昭和47年)のもので極めて侵略性の強い独裁国が日本を支配する為の「対日工作要綱」指令書。其の内容は事細かく具体的に明記され、今時険悪化している日中関係に現実味を感じ、メスを入れ、影響などを検証してみた。

この第一項の「基本戦略」に於いては 『日本が現在保有している国のすべてを中国共産党の支配下におき、中国共産党の世界解放戦に奉仕せしむること』  と記されている。そして解放工作の任務を三段階に分けて達成するという。

「第一期工作の目標」 を 『国交正常化』 と定め、この国交正常化は表面、田中角栄首相が実現させたが如く思われているが、本質は、毛沢東・周恩来が創価学会の池田大作に狙いを付け、有吉佐和子(女流作家)を通じて池田大作にわたりを付け、名利の強い池田大作は有頂天になって公明党の竹入に命じ進めさせ、田中総理大臣を動かし、日中国交樹立を実

現させ、結果、中国の術中にはまり、踊らされ、ODA(先進国が発展途上国に対して行なう技術的、金銭的な援助)の名目で莫大なカネを中国に注ぎ込まされ、核開発のスピードを高め、日本の首を絞める縄を日本が作ってやってしまったのだ。

「第二期工作の目標」 では、『民主連合政府の形成』 と示し、中国の息のかかった傀儡政権を作り、目標達成のために心理作戦、マスコミ、政党、左右両団体への工作、在日華僑対策の進め方、中国大使館開設に伴って筋金入りの工作員2,000人を派遣することなどが指示されている。

「第三期工作の目標」 では、「日本人民民主共和国の樹立」を謳っている。これは日本を中国の属領にすると言い、「最終目標」 では 「天皇を戦犯の首魁として処刑」 すると仰天する文言が明記されている。

内容があまりにもドロドロ露骨している為、信じ難く「共産主義革命」などいまさらありえず日本の共産化も非現実的だと考えるかもしれない。しかしこれは中国共産党による日本解放の綱領であり、対日戦略の基盤だという事実だ。

日本の為政者は、そして経営者も同文書作成から四十数年余が過ぎたからといって中国共産党の基本戦略が変わったとは思えない筈だ。

現在の中国は、一九四九年(昭和二十四年)に中国共産党主席の毛沢東が「中華人民共和国」の成立を宣言したことに始まり、今や経済規模はアメリカに次ぐ世界第二位、軍事費は連続二十五年間、毎年十数パーセントずつ増加し、陸軍・海軍・空軍、更に宇宙・サイバー空間にも軍事大国になっている。殊に核戦力はアメリカをも脅かすに至ってきている。

軍事大国を目指し二〇二〇年代にはアジアから米国勢力を駆逐し、大中華帝国を築いてアジアに君臨するとして、建国以来、アメリカから核兵器に威嚇され続け、対抗手段は核兵器以外に無いと一九五五年、当時では世界最貧国レベルにも係わらず「例えズボンをはかなくても・・・、一杯のスープをすすり合っても・・・」との決意で国の総力を挙げて核開発を進め、一九六四年に原爆の爆発実験を成功させ、一九七〇年には日本を攻撃できる中距離弾道ミサイルを完成させ、一九七二年、「日中国交正常化」の正式調印以来、日本からのODAによる莫大な経済支援が実行され、この経済支援が中国の核開発を更に大きく助け、助けた日本が結果、己の首を絞める縄を作るのに協力したと云う訳だ。

この橋渡しをした男がこれまた国主国王にならんと影で宗門、信者を操り、暴力団とも手を組み悪事を隠し、公明党をも利用した国賊、悪の元凶、創価学会の池田大作なのだ。この男の詳細はさておき、『日本解放綱領』という秘密文書の原文要点を幾つか抜粋して見る。

 ●        日本国民に対し中共国への親近感を懐かせしめ・・・
●        無意識の内に警戒心を捨て去らせ・・・
●        極右分子が発する『日本を支配する』との呼びかけを一笑し・・・
●        反動極右を孤立させ・・・
●        日本人が中国に対し「輝かしい文化を持っている国・平和を愛する国」とのイメージを高め・・・
●        スポーツ団の派遣は試合に勝ちうるものに限定してはならず、劣れる選手を多数派遣し・・・
●        日本の保守反動の元凶たちに彼等自身を埋葬する墓穴を彼等自身の手で掘らせたのは・・・
●        十人の記者より一人の編集責任者を獲得せよ・・・
●        敵の警戒心を呼び覚ます自殺行為・・・
●        否定は大々的に行わず間接的な否定が望ましい・・・
●        性の解放、本能を刺激する音楽、歌謡曲は望ましく・・・
●        根性ものは郷土愛、民族一体感を呼び覚まし好ましくない・・・
●        春画の氾濫は望ましい・・・
●        国会議員を掌握し秘密裏に支配下に置き・・・
●        秘書、家族、強い影響力を持つものの公私生活の全貌・・・
●        打倒・排除、勢力をそぎ発言権を低下させ孤立・・・
●        議員の弱点を利用する・・・
●        全議員を中国に旅行させ・・・
●        自民党を解体し分裂させ党内派閥を激化・・・
●        極左右団体の工作では、暗殺・襲撃・爆破・誘導・嫌悪・資金・武器・監禁・追跡操作・・・
●        華僑工作では、利用すべき敵・逃亡・残留・祖国愛・帰化を認めず・・・
●        在日中国人で中国国籍取得せず無国籍者に居留期間の延長許可を与えてはならない・・・
●        華僑預金は全額没収・・・      等々が事細かく書かれている。

しかしこれ等の諸問題を此処で一々解説し、論議し、検証しようとは思わない。当抄で筆を執ろうと心を動かしたのは、実は産経新聞、八月三日付けの一面、五段抜きトップページ『中国新ICBM公表』多弾道型、北米射程・・・と、『米、核先制使用を警戒』との大見出し、中国人民解放軍が開発を進めているとされていた北米のほぼ全域を射程圏とする新型の大陸弾道ミサイルの存在が中国政府機関の公式サイトで建軍節(八月一日)に合わせ、軍の士気を高め、米国牽制を示した記事を見たからだ。

一九九〇年代中頃には、中国の核開発は一段とレベルアップし『東風31』(DF31)は極めて高性能の大陸弾道弾(ICBM)で、アメリカ西海岸、ロサンゼルスまで届くまでにその開発が進み、北京を訪れた米国のチャールズ・フリーマン前国防次官補に対して「中国は既に米国が破壊できない移動式核戦力を保有している。我々にロサンゼルスを攻撃されたくなかったら台湾戦争に介入するな」と恫喝していた。

又、2005年には、国防大学学長の朱成虎少将が外国記者を集めた公式の記者会見で「中国軍はアメリカの数百の都市を攻撃できる」と明言をしていた。

これはまだまだ当時としては多分に政治的恫喝の匂いがするが、此処に東風31よりも更に強力な核兵器を現在既に完成させてきたのだ。それが、新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)の 『東風41』(DF41)である。

この東風41についてはここ数年前から世界各国で強い関心を示し、日本でも専門家は強く警告をし、米国国防総省が本年(平成26年6月)発表の「中国の軍事力に関する年次報告書」で、その性能を分析した上で「米国の安全保障上の重大な脅威」と見解を示している。しかし当の中国政府はこの東風41の存在を公式には認めていなかったのが、この度、(本年八月二日)中国政府機関の公式サイトがその存在を明らかにし、その報道が八月三日付けの産経新聞一面トップで大々的に報道され、毎日新聞でも一日遅れの八月四日付けで報道されたのだ。

この『東風41』の性能は射程距離一万二千キロ㍍で、命中精度は百メートル、西海岸のロサンゼルスは勿論、東海岸のワシントン、ニューヨークまでの米国全土を射程に収め、固体燃料で車両移動型であるから米軍に破壊される事は無く対応速度が速いので米国ミサイル防衛システムをも破壊することができ、更に複数の核弾頭がそれぞれ個別の目標を狙う事が出来る多弾頭型であるから一発で数千万人を一瞬にして殺害で出来る恐ろしい攻撃兵器が東風41なのだ。此処にアメリカは先制攻撃を持つ中国の軍事力を強く警戒しているのだ。

更に同じく米国国防総省の年次報告書に「中国は射程七四〇〇キロの潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の『巨浪2』(JL2)が既に運用段階に入った」ことも明記している。潜水艦は地上の核兵器とは違い移動が自由で米軍から攻撃を受けても破壊されることは無く、海中から確実に報復攻撃が出来るということで巨浪2を搭載した最新鋭の「晋級」原子力潜水艦は既に南シナ海の海南島の基地に既に配備されている。

東シナ海や黄海は水深が浅く、南シナ海は水深三千メートル以上であるから原子力潜水艦を戦略展開するのに適している。だから中国は南シナ海を聖域化し米軍を絶対に寄せ付けず核心的利益として死守している。

本年八月十九日にも南シナ海上空を飛行していた米軍の対潜哨戒機に対し、中国の戦闘機が体当たり寸前まで異常接近し、威嚇し、南シナ海の聖域を守り通し、排除し、外敵を寄せ付けぬ力を見せ付けた。

中国は 「東風41」 で米国に対し先制核攻撃能力を持ち、「巨浪2」 で報復能力をも併せ持ち、若し仮に全面戦争に突入したら、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルスをはじめ米国の大都市は一時に消滅する恐れがある。

これではアメリカは中国に手出しが出来なくなってしまった。と云う事は、日米安保条約、日本を守る『核の傘』は無いに等しく、日本の安全柱が外れ、場合によっては米軍はアジアから総撤退し、安保条約解消もあり得るのだ。

日本人はこの現状を知らず、中国の核を甘く見て、驕り、浮かれ、「第九条さえ守っていれば安全」「安保条約解消などあり得ず」と思い込んでいる。

日米安全保障条約の第十条に『この条約が十年間効力を存続した後は、何れのの締約国も、他方の締約国に対し、この条約を終了させる意思を通告することができる。その場合には、この条約は、そのような通告が行われた後、一年で終了する』と。 即ち、条約締結後一〇年経ったらどちら側の国も一方的にやめる事を通告するだけで、その一年後にはこの条約は終了するとの文言が最初から仕組まれているのだ。

中国は太平洋に進出する為にも台湾併合を建国以来の悲願として盛んに模索しているが、二〇〇四年、当時、江沢民中央軍事委員会主席は「台湾併合は二〇二〇年前後が望ましい」と発言している。もし台湾が併合されたら日本への海上輸送路(シーレーン)は封鎖され食料も燃料も資源も入って来なくなり、兵糧攻めになって仕舞う。核ミサイルで東京を始め全都市や原発施設を攻撃すると恫喝されたらお手上げ、手の打ちようが無い。若し屈服すればウイグルや、チベットのような中国の属国に成って仕舞い全ては中国に奉仕する国になってしまう。

現在の日本は日本国憲法、第九条、「戦争放棄」「交戦権否認」「武力不保持」の規定の基、日米安全保障条約が結ばれ、国家の防衛をアメリカに委ね、カネ儲けに専念し、この大事を知らず戯れている。

二〇二一年が中国共産党創立百周年なのだ。 既に海軍空母艦隊、東京空襲可能な戦闘機、そして弾道ミサイルはボタン一つで標的の日本を狙う、嗚呼、今や ニッポンは 『丸裸』 で中国の核の脅威に晒されている。

         以上

日本の将来を心から憂いながら 満七十九歳の誕生日に脱稿

 平成二十六年十一月 霜月 三日               寶玉堂 主幹 丸山三代次
                                    (東証ペンクラブ会員)
 

『仏法史観』

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時55分17秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
  寶玉堂のホ-ムペ-ジ “兜町50周年記念風雲録” (株式情報関係) 等を公開している中で 『自虐史観を検証する』 を加え、このたび、このサイトと、筆者が所属している東証ペンクラブの平成二十二年六月発行された “機関誌” 2010『Pen』 にも、此の 『自虐史観を検証する』(平成二十一年 師走月脱稿) と題した論文を発表して以来、多方面から大きな反響が巻き起こり、識者諸氏からアメリカが占領政策の一環として日本を弱体化するため、そして、中国、ソ連、北朝鮮も 『日本は侵略戦争を起こした悪い国』 と決めつけ、『謀略に踊られされた歴史観』 『日本が引きずり込まれた自衛のための戦争』 との主張に賛同の声が寄せられ、結びに 『最終戦争の危機にある』 『前代未聞の大闘諍が起る』 と結論付け、国を憂いた叫びに、其の根拠、詳細を聞きたいとの問い合わせが殺到した。

此処に其の根拠、詳細を『仏法史観』と題し論じ、仏法の鏡に照らし見た憂うれうる根拠の起因・深因を述べてみたい。


 結論から述べる。 日蓮大聖人の仏法に背くゆえ、まもなく始まる巨大地震の連発を号鐘として、国家破産、異常気象、大飢饉、大疫病(感染症)等の災難が連発し、ついには亡国の大難たる自界じかい叛逆ほんぎゃく(国内の分裂抗争)と他国侵逼たこくひんぴつ(外敵の侵略)が起こる。

 既にその予兆は人の心が荒すさみ頽たい廃はいし、上かみは政治家から下しもは小学生に至るまで、あたかも箍たがが外れたようになってしまった。 政治家の腐敗は年間一億円に近い国費を貰い、特別な年金制度の優遇、秘書給与のピンハネ、口利き、などで私腹を肥やす代議士は後を絶たない。 これに関わりの無い政治家が果たして何人いるであろうか。 こんなことはまだ可愛い。 利権のため国債を際限なく濫発させ、日本を世界最大の借金国家(平成二十二年六月末現在:九百兆億円突破)、破産寸前の国にしてしまった。 更に許されないことは我が国に脅威きょういを与えている中国に対し国民の血税をODA(政府開発援助)を通じて異常な巨額(推定○~○兆円?)の資金をつぎ込み、軍事的効用の高い内陸部の鉄道、道路、空港などの建設援助が圧倒的に多い事だ。 共産党独裁の中国の核戦力は、いまや米国のそれを凌駕りょうがしつつある。 米国本土の各都市を核攻撃できるだけの力を中国は持つに至っている。 それだけじゃない、平松茂雄氏(軍事評論家)によれば、有人宇宙船「神しん舟しゅう」に成功した中国は、米国のミサイル防衛システムをも破壊する「宇宙軍」を二千十年までに作り、米防衛システムを無力化せんとしていると云う。 中国は独善的な諸々の圧力、反日感情を懐く組織を含め国をあげて威嚇し、脅し、日本固有の領土まで侵略せんとの企たくらみは現実となってきている。なのにその危機的意識薄くなめられきっているにも係わらず雁首がんくびそろえて北京ぺきん詣もうでで媚こびを売る多くの議員を見るとき「亡国の政治家」を憂える者である。 又、巷ちまたに溢れる凶悪残忍な犯罪は豊かな時代とは裏腹に鬼畜のごとき人心の荒廃こそ、亡国の予兆の一つであり、加えて観測史上かってない気象の乱や耐性菌感染は人畜を襲い其の序相として顕われている。



『仏法とは何か』 仏法史観を論ずるに当たり、仏法とは何かを先ず述べる。 仏法とは生命の真実の相すがたを知ることにより「成仏じょうぶつ」という永遠に崩れぬ幸福境界を得る実践法である。「仏」とは多くの人々に共通しているのが諸宗が開祖と為しているのが仏と信じたり、死者を仏さまとも云う。これでは仏は彼方此方あちこち無数に存在してしまう。 太陽が二つ無く、又、国主が二人いては国の統治は在り得ない。 仏はご一人である。 この仏を好き、嫌いの偏見に執着して見てもならぬ。 例せば薬を選ぶ基準でも 「好き、嫌い」 でなく、「効くか効かぬか」 であるべきで、仏法、宗教もまた然り、何いずれの宗教が成仏に至る正法か、不幸をもたらす邪法であるか正邪がある事を知り取捨しゅしゃ選択せんたくし、正しき仏法を選択せねばならない。      仏法と世法

人生の目的を問とえば、悩みを語りながら希望を持てない現状に失望感を懐き、「目的なんか無い」 と答える人が意外に多くいる。 行き先のわからぬバスに乗るのと同じで、宿命に流され、欲と怒りと愚痴に引きずられ、一生を空しく過ごして死を迎えるというのが一般的なのか。 或る人は、考えながらも、将来の願望を挙げ 「実業家」 「スポ-ツ選手」 「音楽家」 「弁護士」 「医師」 「お金が欲しい」 と目的と手段を混同し答える人が多い。 それは目的を達成するための手段、条件にしか過ぎず、人生の目的は誰もが 『幸福』 を求めている筈だ。 此の幸福であることが解かったとしても得た表面の幸福は直ぐに崩れてしまう。 一時的な幸福感は真の幸福ではない。 真の幸福とは永遠に崩れない 『成仏の境涯』 を得る事にある。

成仏・不成仏は人生の総決算で臨終の時に顕あらわれる。 企業の決算も黒字決算を〆れば新年度は黒字から始まる。 赤字なら次期の決算も赤字から始まる如く、人生も過去・現在・未来と永遠に続く以上、現世の行為の善悪で臨終を迎えた相すがたで 「成仏・不成仏」 がわかる。 ゆえに臨終こそが成仏の境涯を得る人生最大の大目的なのだ。  成仏・不成仏


仏法を知らぬ者が懐く生命いのちに対する偏見へんけんは 「生命せいめいはこの世限り」 「死ねばすべては終わり」 と思って自己を消滅させる死に対し限りない恐怖を懐いたり、死後の因果を無視し放縦ほうじゅうに走るが、『死』 は決して終わりではない。 生も死も、永遠の生命が常住じょうじゅうしてゆく上での存在形態の変化に過ぎない。 我らの生命は、神が作ったとか、誰かが作ったとか云うのではなく、大宇宙と共に本もとからあり、一瞬断絶も無く存在(常住)し続けている。 人は今生こんじょうにおいて、幸福の手段・条件として、地位や財産や名誉、その他、諸々、欲ほっすものを手に入れようと努力するが、果たして今生に “欲しいもの” が入ったら幸福になれるのか。 否、若もしその人心にんしんが濁っていたら求め得たものがかえって不幸の因となる。 心が濁った命いのちとは、地獄・餓鬼・畜生・修羅等の四悪道の境涯で福運尽きれば地位や財産も、才能も権力も全てを失い役に立たない仮りかり初そめ(一瞬)の幸福でしかない。

此処で宗教について述べよう。 一般世間においては相当な智者もこと宗教に関しては全く無智で、ただ曖昧あいまいな世間の常識や感情や環境だけで取捨しゅしゃ選択しているのが実情である。 俺は無宗教・無信心という人々も実は日常生活に於いて 「信」 が存在する。 医者を信じて出される薬を皆誰もが信じて服す。 赤子も母親の乳ちちの栄養分が解かって飲むのではなく無心に母を信じ乳を飲む。 会社で働けば給料を頂けると信じて働く。 男女なんにょも幸せを求め信じ合い結婚する。 全てそこには信ずる心が存在する。

「法」 となると国家で決めた法律は人為的な浅い法であるが、その法に大小だいしょう・深浅せんじんがあり、それなりの報いを受ける。 また、自然の摂理せつりに反して不摂生をしたり、栄養が偏れかたよれば病やまいを招くのも摂理に反した罰ばちである。 又、殺人・強盗を犯せば例え国法の網を逃れのがれても必ず報いむくいを得る。 “法は不知ふちを許さず” で、仏の説といた法に背く罪は 「法」 の中で最も重く深く根底の法であるから如何なる法に背く罪より大きな罰ばちを受ける。 罰とは法に背くことによって自ら招く不幸、或いは不利益のことである。 仏法は観念論ではなく真実の生活法であり、信ずる体(仏)の正邪が個人の幸・不幸、更には国家の興亡こうぼう盛衰せいすいを左右する根本となるから正邪を知らねばならない。 この事を未だ知らず世間の流れのまま知らずとはいえ邪法に拘りこだわり嵌りはまり、正法を謗りそしり不幸の因を積む罪科とがは最も恐れねばならない。 仏法の正邪を知る為にも此処で宗教批判の原理を記しておく。


『宗教批判の原理』 宗教批判の原理とは何か。一言に云えば三証と五綱判である。 三証さんしょうとは、道理・文証・現証を云う。 道理とは、理論の合理性から正邪を見極め、不合理な宗教を邪法という。 例えば狐狸や竜神など畜類を本尊としても万物の霊長たる人間以下の畜類を拝おがんでどうして幸福になれるのか。 常識でも判断がつく筈だ。 キリスト教の天地創造説や仮空の天国や神を説き磔はりつけで命終した者を信じたり、病人が見当違いの薬を服用し反って病重くなる。 是れ道理に背くのである。文証とは、経文の教義・主張に裏付けがあるか否か、経文に依らず勝手な己義を構える者を 「魔の眷属」 と云う。 効き目の無い薬は反って不幸の因を増す。 裏付けを見極めるのが文証である。 現証とは、正法を信じれば成仏の証拠が顕らわれる。 邪法を行ずれば悲惨な結果が必ず生活上に顕われる。 正しい薬を服用すれば病消える。 道理・文証が抽象的に対し、現証は具体的な結果で争う余地の無い法の正邪を証明する。 即ち、正法こそ、現世安穏・後生善処の大利益を得る事が出来るのだ。



五ご綱判こうはんとは、教・機・時・国・教法流布の前後である。 その 「教を知る」とは、一切の教法の勝劣・深浅・成仏・不成仏を以って真仏の教を知る事で、五重相対(内外・大小・権実・本迹・種脱)にたてわけ、五重三段 ①一代一経三段 ②法華一経三段 ③迹門熟益三段 ④本門脱益三段 ⑤本門下種三段の序分・正宗分・流通分を以って判断し、三重秘伝(権実・本迹・種脱)を以って仏法究極、文底下種・事の一念三千、文底秘沈の三大秘法(注一)こそ最高・最正の教を知る。 「機を知る」とは、教化を受ける民衆の機根で、機を知らず仏教を広めれば、病を識しらず見当違いの薬を与えるようなものでかえって害毒となる。 「時を知る」 とは時代が変われば大衆の機根も変わり流布・得益すべき仏法も変化する。 経文(大集経)には釈尊滅後の時を三つに分け、始めの一千年を正法、次の一千年を像法、次の万年のほか尽未来際を末法と定めて入る。 ゆえに今こそ末法公布の時を知るのである。 「国を知る」 とは国々夫々、小乗・大乗・大小兼学の国など仏法上の因縁はさまざまであるが、日本国は如何なる仏法上の特質を有するかを知るのが国を知るというのである。 「教法流布の前後を知る」 とは正法・像法・末法と時代が下るにつれて人の機根も下劣になり、仏法も浅い教えから深い教えへと流布すべき順序次第がきちんと定まっている。 この順序を間違えては衆生しゅじょうを利益りやくできない事を知る。  (注一)三大秘法とは 三大秘法抄

仏は予言の的中を以って最とし、仏語ぶつご実じつ不虚ぷうこ(仏の語ことばは実にして虚しむなしからず)虚しい言ことばは断じて無いのである。 キリスト教などは架空の天国や神を説き、天地創造説などおよそ因果の道理を無視した虚妄こもうの教義で、正しい宗教は生命の真実相を見極めねばならない。 仏教以外の宗教(キリスト教・イスラム教・ヒンズ-教・儒教・神道・天理教・PL教)などは矛盾むじゅんだらけの外道で因果を無視している虚妄教である。

仏教の中にも大乗経と小乗経があることを先に述べたが、小乗経は釈尊一代五時の説法の阿含あごん時じの12年間に説かれた四経で、戒律を主とし煩悩断絶を目的とした一時的な方便の教えで現在では通用しない。 大乗経の中にも権大乗と実大乗があり実大乗は法華経であり、権大乗はそれ以前の華厳経・大日経・阿弥陀経・般若経等の諸経で、念仏宗・真言宗・禅宗などは権大乗を依え経きょうとし、釈尊五十年の説法の方便ほうべん教である。

一般に仏教は印度出現の釈迦仏(釈尊)から始まると思われているが、この常識は近々わずか三千年の歴史を見ただけの熟脱の仏に過ぎない。 釈迦仏は一代五十年の間、種々の法を説かれたが、其の目的は ①釈迦在世及び正像二千年の衆生を成仏せしむる事。 ②末法に日蓮大聖人が御出現される事を予言証明する事。即ち、釈尊滅後二千年経つと釈迦仏法は 「白法びゃくほう隠没おんもつ」(利益滅尽) ・ 「闘諍とうじょう堅固けんご」(末法に入ると人心荒く大戦乱時代)。 その時 「悪口あっく罵詈めり」 され、また 「及ぎっ加刀かとう杖じょう」 「数々見擯さくさくけんひん出ずい」 の難を受ける上行菩薩(下種仏・本仏)出現を予言するにある。 全世界でこの大難を受けたお方は日蓮大聖人ただ御一人ごいちにんであられる。 釈尊を仏にした上行菩薩出現の国土は 「東土の国」 と定め、印度から東方、安房あわの国くに(千葉県)郷小湊に御誕生遊ばされ、建長五年四月二十八日、末法の一切衆生の成仏の大法、法華経本門寿量品の文底に秘沈された南無妙法蓮華経、即ち、久遠元初の自受用身の御証得遊ばされたお覚りの生命の極理、南無妙法蓮華経(本門の題目)をお唱え出いだされた。


 『仏法史観』
 ここで初めて末法ご出現の日蓮大聖人を御本仏と崇めあがめて 『仏法史観』 を論ぜねばならない。 大聖人は立正安国論(文応二年七月十六日)冒頭に、「近年より近日に至るまで、天変・地夭ちよう・飢饉・疫癘えきれい・遍あまねく天下に満ち、広く地上にはびこる。 牛馬巷ちまたに斃たおれ、骸骨路みちに充みてり。 死を招くの輩ともがら既に大半に超え、之を悲しまざるの族やから敢あえへて一人いちにんも無し」 と、当時の惨状を見て、災難興起の原理を 「世皆みな正に背き人悉ことごとく悪に帰す。 故に善神国を捨てゝ相去り、聖人所を辞して還らず。 是ここを以て魔来たり鬼来たり、災起こり難起こる。 言はずんばあるべからず。 恐れずんばあるべからず」 と邪法の害毒が災難を招く事を大慈悲を以って諌いさめ、改めねば、「先難せんなん是これ明らかなり後災何ぞ疑わん。 若し残るところの難、悪法の科とがによって並び起こり競いきそい来たらば其の時何いかんが為せんや」と 自戒謀ほん逆ぎゃく他国侵逼ひんぴつ (国内の乱と他国の侵略)が必ず来ると二難必来の予言をなされ寸分すんぶん違たがわず実相(鎌倉・京の内乱:蒙古の襲来)として顕れた。「兼知未萌けんちみぼう」現代の情報網が豊富な時と違い兆きざしも無いのにどうしてこのような事をご予言遊ばされたか凡慮ぼんりょの及ぶところでない。

日蓮大聖人は 「仏法は体のごとし、世間はかげのごとし。 体曲がれば影斜めなり」 と仰せられ、仏法を体に、世間を体の影に譬えられ、仏法と世間とは一体であると仰せ給い、この影とは衆生のことを指し、その周囲のあらゆる事象・環境・社会を総合して仰せられ、体である仏法が邪義謗法に犯されるならば、影である人間個々の生活も社会も混迷の度を深め、苦悩の生活を強いられることになると。 勿論、この御文の 「仏法」 とは、本門戒壇の大御本尊(富士大石寺秘蔵)とその教義であることは言うまでもない。 それでは世間とは何か、すなわち人間を含めたあらゆる事物が、過去・現在・未来と因縁によって移り変わり生滅し、それによって差別の間隔があるということ。 即ち、五陰世間・衆生世間・国土世間の三世間で、個々の人間、人間の社会、その人間の住する環境のことで 「体」 と 「影」 とは、仏法が 「本体」 であり、それに随う影を世間という。 影である世間は仏法に 「随従・随順」 する関係で、不離一体であるから、仏法に世間が随うことである。 仏法の道理を無視し、仏法に反して己義や我見がけんを構えることは本末顛倒の思想で、これ等の誤りが災わざわを招く原因だ。

創価学会の池田大作などは仏教用語を使いながら影たる人間を本体とし、体の仏法を影として、その人間に随したがわせる形をとること本末ほんまつ顛倒てんとうの邪義・外道義である。 大聖人は世間の災禍わざわいの相を哀れみ、その原因が仏法違背の謗法ほうぼうにあることを断ぜられ、経文を以って証明し、邪義謗法を破し、正法正義を顕あらわされたのが立正安国論である。



『立正安国論の縁由』 『安国論奥書』 によると、「去ぬる正嘉元年太歳丁巳八月二十三日 戌亥の剋 の大地震を見て之を勘ふ」 と記されているように、正嘉元(一二五七)年八月二十三日、戌亥の刻(午後九時頃)に起こった大地震を発端とし、鎌倉幕府の事跡を記した史書『吾妻あづま鏡かがみ』によると、鎌倉中の神社仏閣がことごとく倒壊し山は崩れ、家屋倒壊し大地は裂け、「牛馬巷に斃れ、骸骨路に充てり」 と悲惨大苦は充満し、『安国論御勘由来』 によれば、正嘉二年八月には大風、 同三年(改元して正元元年)には、大飢饉、大疫病、翌正元二年には四季を通じて大疫病が広く伝染し、民衆の大半が死に至った。 大聖人は、打ち続く天変地夭てんぺんちよう・飢饉・疫病などの三災七難の起こる原因を謗法ほうぼうの罪とがと断ぜられ、根本原因が邪宗邪義なることを明かし、国家を安穏あんのんにならしめるため謗法を捨て正法に帰依すべきことを身命を賭として強く訴えられたのが縁由。


 大意は 近年より近日に至るまで頻発ひんぱつする天変地夭てんぺんちよう・飢饉ききん・疫癘えきれい等の惨状を見るに、その原因は世の人々が皆、正法に背き悪法を信じていることにより、国土万民を守護すべき諸天善神が去って、悪鬼・魔神が便りを得て所住する故と、金光明経・大集経・仁王経・薬師経等を引用し、正法を信ぜず謗法を犯すことによって三災七難等の災難が起こる事を示し、経証を挙げてその理由を述べている。 さらに、これらの不幸と混乱と苦悩を招いている一凶は、ひとえに法然の念仏にあると断ぜられ、この一凶を断ち、謗法を対治たいじして正善の妙法を立てるとき、国中に並び起こるところの三災七難等の災難は消え失せ、積み重なる国家の危機も消滅して、安穏にして磐石なる仏国土が出現すると仰せ給うておられる。 若し正法に帰依しなければ、七難のうち未だ起きていない自界じかい叛逆ほんぎゃくの難と他国侵逼たこくひんぴつの難の二難が競い起こると予言されると共に、速やかに実乗の一善(三大秘法)に帰依するよう勧かん誡かい(勧め誡め)せられ本書を結ばれている。

  立正安国とは、日蓮大聖人の御生涯の実践終始であり、御化導の根本なのだ。 題号である 「立正安国」 とは、内容と目的とを端的に表現された御金言ごきんげんであり、「立正」 とは、正しい仏法を立てること、「安国」 とは、国を安穏あんのんせしむること。総本山第二十六世日寛上人は、 「立正とは破邪に対する言なり」 と仰せになり、正法を立てるときには、必ず邪教に対する破は折じゃくが伴うことをお示しです。 平たく解せば “毒(邪義)を捨て、良薬(正法)服す”  この謗法を破は折じゃくして立てられる正法とは、日蓮大聖人の三大秘法、南無妙法蓮華経の仏法こそ、文底本因妙の法華経であり、末法に立てられる唯一の正法に当たる。 日寛上人は、「立正の両字は三箇の秘法を含むなり」 と仰せになり、「立正」 の二字に、本門の本尊と戒壇と題目の三大秘法を含むことを示され、邪宗邪義に対する破折を促しうながし、立正を勧めるところの 「汝早く信仰の寸心を改めて速やすみやかに実乗の一善に帰せよ」 と仰せ給いて 「実乗の一善」 に帰依させていくことこそが、個人においては崩れざる真の幸福を得る生活法であり、国家においては真の国家安泰を得る秘法である。



 『災難興起の原理』 冒頭に述べた如く 「世皆正に背き人悉く悪に帰す(中略)是ここを以もつて(中略)災起こり難起こる」 と仰せ遊ばし、この世に起こる種々の災難の根本原因は、多くの人たちが邪宗邪義を信じて、正法を誹謗ひぼうすることによると示され、「五濁」 という五種の避けがたい汚れの 「劫濁」・「煩悩濁」・「衆生濁」・「見濁」・「命濁」 のいずれもが強盛になるからだ。 この濁世を根本的に浄化する具体的な方法について大聖人は、「早く天下の静謐せいひつを思はゞ須くすべからく国中の謗法を断つべし」 と仰せ給う。

大聖人は広宣流布・国立戒壇建立の時を三秘抄に明々白々と示され 「末法濁悪の未来」 と仰せ給いておられる。 その 「末法濁悪の未来」 とはどういう時代かといえば、特徴は三つある。 ①人の心が著しく崩れる時代。 ②「前代未聞の大闘諍」が世界的規模で起こる時代。 ③正系門下で一期の御遺命破壊せんとする時。 いまの日本を見てみるが良い。 人々の心は三毒(欲望肥大・怒り・愚か)が絡み合い家庭も社会も崩壊寸前、息子や娘が平然と親を殺す。 親はわが子を虐待して殺す。 こんな荒んすさんだ世の中が、曽かっっての日本にあっただろうか。 物質的に恵まれているにもかかわらず、人の心は獣のようになってしまった。 これが末法濁悪の特徴の第一だ!また今や中国の核は世界を制覇しようとしている。 そして大事の仏法の破壊、国立戒壇の否定だ。

日蓮大聖人は、末法の全人類を、三大秘法という根源の仏法を以てお救い下さる 「久遠元初くおんがんじょの自受用身じじゅゆうしん末法下種げしゅの本仏」 であられる。 大聖人はご入滅に際し、あまたの弟子の中から日興上人を選んで三大秘法を付属ふぞくされると共に、日本一同が 「南無妙法蓮華経」 と唱える広宣流布の時いたれば、一国の総意を以て、富士山に本門ほんもん戒壇かいだん(国立戒壇)を建立すべき旨を御遺命ごゆいめいされた。 このことは次の御付嘱状に明らかである。

 「日蓮一期いちごの弘法ぐほう、白蓮阿 梨日興に之これを付ふ属ぞくす。 本門ほんもん弘通ぐずうの大導師たるべきなり。 国主此この法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。 時を待つべきのみ。 事じの戒法と謂いうは是これなり。 就中なかんずく我が門弟等此この状を守るべきなり」 と。 日興上人はこの国立戒壇建立の御遺命を奉じて、広宣流布の礎いしずえたるべき本寺を、正応三年(1290)に富士山麓の大石ヶ原に建立された。 これが世界唯一の仏法の正統 「富士大石寺」 である。 爾来七百年、富士大石寺は国立戒壇の建立こんりゅうを、唯一の宿願・悲願として三大秘法を弘通ぐずうしてきた。

  三大秘法禀承事(全文) 他 重要書あり





  国立戒壇こそ御遺命の戒壇  国立戒壇は 大聖人の滅後に残された、たった一つの御命令で、二祖日興上人・三祖日目上人を始め奉り、歴代先師上人の命を賭けた御願業であった。 それが、宗門(大石寺)と創価学会が  「国立戒壇という言葉は、宗門において明治以後になって云い出されたもので、それ以前にはなかった」 などと云ってこれを否定したのだ。 大聖人御自ら、戒壇とは王仏冥合の暁に、「勅宣・御教書」 即ち国家意志の正式表明を以て 公けに立てられるべきであると三大秘法抄にお示しである。 更に御入滅に当っては、「国主此の法を立てらるれば 富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」 と 日興上人に御遺命せられているのだ。 これまさしく 国立戒壇である。

 以来七百年、正系門家において、いずれの猊下、いずれの先師上人が、この御遣命を破り、戒壇は国家とは無関係に宗門だけで立ててよいなどと仰せられたことがあろうか。 いずれの猊下も異口同音に、戒壇は広宣流布の暁に、国家的に公けに立てられるべき事を七百年間仰せ続けて来られたのだ。

 たとえ 江戸時代以前において 「国立戒壇」 なる文字はなくとも、義意においては国立戒壇は顕然である。 まさしく御遺命の戒壇は 国家的建立、一国総意の建立、即ち国立戒壇たること、七百年間太陽のごとく明らかにして一点の疑う余地もない。 池田大作も、曽てはこの本宗の伝統に則り、正論を述べていた。 その一つを紹介しよう。「国立戒壇の建立こそ、悠遠六百七十有余年来の日蓮正宗の宿願であり、また創価学会の唯一の大目的なのであります」(大白蓮華・昭和31年4月号)と。また細井日達管長も、同じく曽ては正論を述べていた。「富士山に国立戒壇を建設せんとするのが、日蓮正宗の使命である」(大白蓮華・昭和35年1月号)と。 しかるに池田大作は忽ちに「国立戒壇」を捨てた。そして細井管長またこれに唯唯として与同したのである。

   池田大作、御遺命破壊を企てる

 此の 『就中なかんずく我が門弟等此この状を守るべきなり』との一期の御遺命国立戒壇否定こそ 「前代未聞の大闘諍」 の兆きざしであり、日本は風前の灯火ともしびになってきている。 この日本の危機をもたらした最大の原因は、正系門家宗門(大石寺)を襲った魔障である。 宇宙法界には仏法を守護する諸天が存在すると同時に破壊せんとする魔の働きもある。 この魔の働きの中心的存在を 「第六天の魔王」 という。 仏法を破壊はかいせんとする時は先ず、智者・指導者の身に入り仏法を内部から壊乱えらんする。
第六天の魔王は創価学会第三代会長・池田大作の身に入り、巨大な組織と権力を背景に慢心し大野心だいやしんを懐き、「日本の国主であり、大統領であり、思想・文化・一切の指導者・最高権力者である」 と豪語し、日蓮正宗を圧伏し、時の貫主をはじめ全僧侶も威を恐れ阿諛あゆ追従ついじゅうの中、唯一大目的としていた国立戒壇の主張は 「選挙に不利だ」 として、抛っなげうつた。 宗門(大石寺)僧侶もこれに諂へつらい協力した。 ここに御本仏一期の御遺命はまさに破壊されんとしたのだ。 どうして国が保つであろうか。 そしてこの御遺命破壊の池田大作が七百万といわれる信者から騙だまし集めた三百五十億円で偽り建てた正本堂内にバチカンからキリスト教の神父を法衣を着たままの姿で招き入れ汚けがし、礼盤と須しゅ弥壇みだんの間の大前机の正面に己の醜い裸体のレリーフを飾り、須しゅ弥壇みだん基底部分埋納室には銅版で覆った楠木箱にモーニングを詰め込み、三千年後、一万年後に開くと堅牢建築を豪語し驕おごっていた偽りの魔の殿堂が僅か二十六年で諸天の鉄槌てっついにより屋根をぶち抜かれ、轟音と共に円融閣(巨大な柱)をなぎ倒し「アッ!」という間に破壊された。

 彼は当時中国首相だった周恩来の術策に乗せられて日中国交回復の先導役を務め、日本からODA等の巨額のカネが流れるようにした。 そのカネがいま中国の核ミサイルとなって、日本にその標準が合わせ侵略の機会の道を開き冥利に狂騒し国を危うくさせた国賊なのだ。





仏法の鏡に照らした実相 正しい歴史の見方は、仏法の鏡に照らした仏法史観を知らねばならない。 大聖人は神国しんこく王おう御書ごしょに「我が面おもてを見る事は明鏡みょうきょうによるべし。 国土の盛衰せいすいを計るはかることは、仏鏡にはすぐべからず」と。 自分の顔を見るには、よく磨かみがかれた鏡を見ればよい。 だが国家の興亡盛衰の原因を知るには、仏法の鏡による以外にはないとの仰せである。

 この仏法の鏡に照らしたとき、日本が明治維新以来戦ってきた日清戦争・日露戦争・日中戦争・日米戦争等を中国は侵略戦争だというが繰り替えし重ねかさねて云うが日本が引きずり込まれた戦争で自衛のための戦争である。 しかしこのような戦争に引きずり込まれたこと自体が、日蓮大聖人に背き続けてきた日本の罰である。 これが仏法の鏡に照らした実相である。

日興上人の申状を拝して見れば一層明確である。「所詮、末法に入っては、法華本門を建てられざるの間は、国土の災難日に随って増長し、自他の叛逆ほんぎゃく歳を逐おうて蜂起ほうきせん」と。 末法においては、日蓮大聖人の三大秘法に背き続ける間は、国土の災害は日とともに増大し、自界叛逆と他国侵逼は歳としを逐っおおって激しくなると。 この仰せの通り、大聖人滅後の日本の歴史を大観すれば、幕末までの五百数十年は、まさに戦国時代に象徴される内戦、自界叛逆の時代、そして明治維新以降は他国侵逼たこくひんぴつの時代、その戦争も歳を逐うて大規模になつて来た。

 自虐史観 で、明治以来の四つの戦争を記し、歴史を紐解いたが、祖国防衛のために戦った戦争で、泥沼に引きずり込まれ、日米戦争では刀折れ矢尽きたうえに原爆で止どめを剌され、さらにソ連によって領土を奪われた。  日本国は七百年前、あろうことか日蓮大聖人の御頸おんくびを刎はね奉るという大逆罪を犯しながら、未だに改悔かいげなく背そむき続けている。 ゆえに他国侵逼は歳を逐おうて激しくなって来るのである。

 「大闘諍」 は日清戦争・日露戦争・日中戦争・日米戦争などはまだ序分で、いよいよこれから、大聖人ご予言の「前代未聞の大闘諍、一閻浮提に起こるべし」が、事実になる事、疑うべからず。 そのときこそ、日本が亡ぶ時、そして同時に、広宣流布・国立戒壇建立の時なのだ。 地球上では、いまアメリカと中国が、共に人類を絶滅し得るほどの核兵器を持って睨にらみあっている。 もし戦ったら人類を亡ぼす、否いや、地球すら壊わすことができる。 これこそまさに最終戦争であり、「前代未聞の大闘諍」 である。 そして共産党独裁の中国の核戦力は、いまや米国のそれを凌駕りょうがしつつある。
すでに米国本土の各都市を核攻撃できるだけの力を中国は持つに至っている。 それだけではない。 軍事評論家の平松茂雄氏によれば、有人宇宙船「神しん舟しゅう」に成功した中国は、米国のミサイル防衛システムをも破壊する 「宇宙軍」 を二〇一〇年までに作り、米防衛システムを無力化せんとしているというのだ。 もうアメリカの 「核の傘」 が日本を守ってくれるという時代は終わった。 大きな地殻変動が起きている。 この圧倒的な軍事力を持つ中国が、日本に侵略の鉾先を向けるとき、日本はどうなるか。 仏法の道理の指すところ、この恐るべき他国侵逼は必ず起こる。 日本の誰人も、これが日蓮大聖人に背くゆえの大罰とは知らない。 だから他国侵逼か起こるとき、政治家も自衛隊も怖じおじ恐れ、右往左往するだけで、ただ亡国を待つのみとなる。




『忠誠貫く大集団必ず出現』 だがこのとき、大聖人のお力により、一国を諌める捨身の仏弟子の大集団が出現する。 それが富士大石寺顕正会なのである。 御在世には戒壇の大御本尊御建立のとき、熱原の法華講衆が出現して大事な御奉公をなされたが、これも仏様のお力による。 国立戒壇建立のとき、どうして命かけて御本仏に忠誠を貫く仏弟子の大集団が出ぬ道理があろうか。この御遺命破壊を眼前にして、「法を壊る者を見て責めざる者は、仏法の中の怨なり」(滝泉寺申状)、「寧ろ身命を喪うとも、教を匿さざれ」(撰時抄)、「もし正法尽きんと欲すること有らん時、まさに是くのごとく受持し擁護すべし」(立正安国論)とある。 ゆえにいま顕正会に続々と地涌の菩薩の流類として自覚と使命をもって奮い立つ大集団が集い来ている。 此のご奉公の中に三毒に流されていた己の宿命を変え、仏の眷属として功徳を積むご奉公こそが誰からも断じて壊されない大福運を積む佛弟子となれるのである。



そこに今、正義しょうぎを叫ぶ顕正会を憎む御遺命破壊の悪党集団・池田創価学会の陰謀は悪事ばれん事を恐れ盛んに蠢動しゅんどうし、公権力・マスコミを動かし、顕正会を陥おとし入れんと謀りはばかりを企くわだて、警察を利用し、公安調査庁を動かし、庁の職員も学会の手先となって顕正会への妨害活動に動きまわり、公安庁の報告書を悪用捻じ曲げた悪口中傷のビラをつくり配布し、悪罵し、己の悪事を重ねている図式が不思議な経緯で次々と暴かれ、悪あがきの所業証拠が判明してきた。「悪は多けれども一善に勝つことなし」仏法破壊の悪党集団の卑劣な謀略ぼうりゃく活動を機に池田創価学会の末路が見えてきた。大聖人を純粋に信じている底辺の会員たちは功徳も感激も無いまま、知らず騙だまされ続け、結果、謀略犯罪行為に加担し、一期の御遺命“国立戒壇否定”の大謗法を犯し、堕獄の道を歩いている集団の一員であること不憫ふびんでならない。

 日本に残された時間は少ない。 中国の日本への侵攻は、早ければ2010年代、遅くとも2020年代、まさしく 「あと十有余年」 である。 大聖人は、大蒙古の侵略に怯おびえる幕府に対し、豈あに聖人を用いずして、徒いたずらに他国の逼せめを憂うれえんや」と。 久遠元くおんがん初じょの御本仏この国にまします。 しかるに鎌倉幕府はこの大聖人を怨あだみ、流罪・死罪に処した。 このゆえに日本は諸天の責めを受けたのである。 ここに大聖人は 「なぜ聖人の言葉を用いずして、いたずらに他国の逼せめを憂うれうるのか」 と諌いさめ給うたのである。 今も同じです。 真まことの天の責めであるならば、いかなる軍事力で守らんとしても及ぶところではない。 ただ日蓮大聖人の仏法を立てて諸天の守護を得る以外には断じてない。 ここに、大聖人に捨身の忠誠を責く仏弟子 (平成二十二年七月末会員総数百四十一万六千六百〇一名) が三百万をめざし驀進中ばくしんちゅうで、明年は百五十万突破は確実!この顕正会の大前進ある限り日本は必ず救える。 大地ゆるがす地湧じゆうの菩薩の自覚に立つ仏弟子に目覚め、功徳を頂き、公宣流布を進め、仏法を根底にした新しい日本を築こうじゃないか。      以上


   平成二十二年六月


         寶玉堂   主幹 丸山三代次
                 (東証ペンクラブ会員)




附記(あとがき) 世界は既に本格的なIT時代、飛躍的に伸びるインターネットの普及を背景に、我が国においても、ネット人口は国内総人口の七〇パーセントを超していると言われ、情報は真偽しんぎ交々こもごも流れ出し社会を動かしている。 此処に本稿は、匿名不審の輩と違い、実名、所在を明確にし、『仏法史観』と題し “災難興起の原因” を明かし、起こる災いが仏法に背く所に起因し、其の兆候顕著なる事実を見て警鐘を鳴らし、君の為、国の為、法を憂いた叫びを仏法の眼まなこで論じ、我が信仰心を深め、確信と決意を述べると共に、未だ、仏法を知らず見ず聞かず、世間の谷間で戯れ過ごし身命捨つる人多し、故に大事な仏法に一分なりとも仏性を開かしめ、方や正法に縁し邪師に騙され罪科つみ深める信徒に対し、“師は是れ針の如し弟子檀那は糸の如し” “船頭の計はかりごと悪しくば諸人皆損じ”と運命共同体たるべき事を伝え知らしめ、正義に目覚めさせたいとの願いを込め執筆公開したものである。


 

自虐史観を検証

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時48分49秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
   はじめに
今や中国の核は世界を制覇しようとしている。既に其の弾道は日本に標準を合わせ攻撃の準備をしている。其の手助けをしたのが、当時中国首相だった周恩来の術策に乗せられ日中国交回復の先導役を務め、田中角栄の手を借り、日本からODA(政府開発援助)等の巨額のカネが流れるようにした創価学会名誉会長、池田大作なのだ。彼は今、勲章や名誉博士・名誉教授など名誉称号を世界中から漁り集め、自賛しているが、正体は招災、醜悪、天魔に似た男で、其のカネがいま中国の核ミサイルとなって日本にその標準を合わしている。
    【★】 これが日本に照準を定めている中国の核ミサイル !  写真掲載中!

 (注) 日本照準のミサイル、この1年で130基(2006年9月の台湾報道)よりかなり増えているそうだ。
       核弾頭については、水爆の他に、中性子爆弾を手に入れているとの情報もある。

そしてこの中国が日本に対してしきりに『日本は侵略国家だ』『悪いことをした国だ』『歴史を鏡として謝罪せよ』などと言っている。現国家主席の胡錦涛も口を開けば『歴史認識、歴史認識』と繰り返している。

 歴史の見方にはいろいろある。 皇国こうこく史観しかん、階級かいきゅう闘争とうそう史し観かん、自虐じぎゃく史観しかん など日本人自らが「日本は悪い国だ」などと決めつけるわけのわからぬものまである。皇国史観は国主の福徳の因果を弁えぬ部分的歴史観、階級闘争史観は共産主義による修羅の偏見に過ぎない。

 そして問題の自虐史観は戦勝国アメリカが占領政策の一環として日本を弱体化するためにこれを利用し、その後、中国、ソ連(現在のロシア)、北朝鮮もこれを利用し、日本人に贖罪しょくざい意識を植え付けさせ、『日本は侵略戦争を起こした悪い国』と決めつけ、中国に対しては全く頭が上がらぬ国になってしまった。この自虐史観こそまさに謀略に踊らされている歴史観なのだ。果して真実は侵略国家なのだろうか・・・。日本が明治維新以来戦って来た日清戦争・日露戦争・日中戦争・日米戦争などは本当に侵略戦争なのだろうか・・・。結論は否!断じて侵略戦争ではない!日本が引きずり込まれた戦争であり、自衛のための戦争なのだ。

 少しく歴史を検証してみよう。先ず幕末の日本に、東洋に次々と植民地を求める白人たち、即ち、欧米の侵略が忍び寄ってきた。この背景を知るには歴史を五百年さかのぼって世界史を紐解ひもとかねばならない

 今から五百年前、コロンブスがアメリカ大陸を発見した。これから所謂いわゆる、「大航海時代」が始まった。大航海時代なんていうと格好がいいが、実は白人による植民地争奪の侵略戦争が始まった。白人は有色人種の国々を次々と『鉄砲と十字架』で侵略をしていった。これを実行したのがスペインとポルトガルで、この二国は世界中の有色人種の国々を二分割するような勢いで先陣を争った。スペインが南米で、先住民たちを動物を殺すように征服していった残忍ぶりは歴史に残っている事実で、この大殺戮によりインカ帝国は滅亡してしまったのだ。ついでオランダ、イギリス、フランスがこれに続き、十九世紀半ばになると白人による世界侵略はアフリカ、中南米、さらにアジア太平洋地域のほとんどを獲りつくしてしまった。

 アフリカの地図を見ると国々の国境は定規じょうぎで引かれたように直線になっている事が解わかる。

           アフリカの地図

 上図は白人がアフリカを分割した線引きの跡、植民地争奪の傷跡なのだ。彼らは土地を奪っただけではなく、アフリカから黒人を数百万人捕らえては奴隷にし、市場で売買し、動物のごとく鞭で打ち、使役し、平和に暮らしていた先住民を虐待した。此れこそ之を『侵略』というのである。

 この侵略が十九世紀半なかばに入り日本に迫ってきた。このとき既に日本周辺のアジア諸国はすべて侵略され植民地になっており、日本だけが独立を保たもっていた。これが 幕末時におけるアジアの現状 である。イギリスはインド、ビルマ、マレー半島を植民地にし、フランスは中国からベトナムを奪い取った。今でこそベトナムはベトナムと呼んでいるが、当時は仏領インドシナと呼ばれていた。又、オランダはインドネシアを分捕り、アメリカは西へ進んでハワイ、フイリッピンを獲った。殊に注意すべきは、ロシアが南下して沿海州を奪い、旅順や北朝鮮の港を占領し、全朝鮮半島を支配する構えを見せていた。

 このような状況の中で、極東の小国・日本だけが不思議に欧米おうべい列強れっきょうの植民地になることを免れていた。だが、その日本にも、幕末の嘉永六年にペリーが黒船艦隊を率いて開国を迫ってきた。この嘉永六年という年は歴史の大きな分岐点でもある。嘉永六年から三年間に大地の咆哮ほうこうのごとく巨大地震が四回も立て続けに起き、この大地動乱こそが、日本がいよいよ侵略を受ける危機に直面する時代の前相であった。

 嘉永六年から十五年を経へて明治維新の時代に入り、いよいよ他国との戦争に引きずり込まれて行くのだ。思うに、明治の日本人は、日本の周囲が次々と侵略されて行くのを見て、どれほど警戒し畏怖感を抱き、不安を感じ心細かった事か、現在の国防を忘れた腑抜けな日本人と違い大きな危機意識を懐いていた。

 その日本人が最も恐れていたのが、領土野心に燃えるロシアの南下であった。当時のロシアは不凍港を求めて、朝鮮半島を狙っていた。ロシアの領土は広大だが、冬になるとすべての港が凍ってしまう。そこで不凍港を求め朝鮮半島に南下してきた。若し朝鮮半島がロシアの手に落ちれば、次は日本が侵される。ゆえに朝鮮半島こそ日本の生命線であった。そこで日本はひたすら朝鮮の自主独立を望んだのだ。



日清戦争

 当時の朝鮮は中国大陸の「清しん」という国の属国になっていた。この清は大国ではあったが自国の領土保全もままならぬ老廃国だった。だからもしこの清に朝鮮を任せて放置すれば、必ず朝鮮半島はロシアに領有されてしまう。そこで日本は何とか朝鮮が独立を保ったしっかりした国になってくれるようにと、明治九年に『日朝修好条約』を結んだ。その条約の第一条には「朝鮮は自主独立の国であり、日本と平等の権利を有する」と・・・。

 この修好条約が結ばれたことにより、日本と朝鮮の双方に喜ぶべき状況が生まれた。所が、日本を小国と悔ずっていた清国は、あくまでも朝鮮を属国にしようとして口実をもうけて朝鮮に出兵してきた。そこで日清戦争が始まったのである。日本は「朝鮮を独立させたい、何とかしっかりした国になってもらいたい」との目的しかない。清国は「属国になれ」という。どちらが正義か否かは一目瞭然、明らかだ。


当時、清国は老廃国ではあったが、世界からは『眠れる獅子』といわれ、小さな日本と比べると大変な強国だった。だから日本国が勝つことは難しいと思われていたが日本側が勝ち、講和会議(下関条約)において、清国に対しはっきりと“朝鮮を独立国家”として認めさせ、日清戦争の目的はここに達成された。

        日清戦争下の日本と朝鮮 1~

        下関条約 - Wikipedia
    (上記の写真が明治二十八年四月、日清戦争の講和会議(下関条約)調印の写真と下関条約の原本)
       NHK 松山放送局|スペシャルドラマ 坂の上の雲
      (此処のドラマの中でも 『侵略に非ず、自衛の戦争』 と正論を述べている)



日露戦争

 そして九年後には日露戦争が勃発した。清国が朝鮮半島から手を引いた後、今度は最も恐ろしいロシアが朝鮮半島に南下してきた。ロシアは対馬の正面に位置する巨済島にまで要塞を築こうとした。日本はこれを何とか中止させようと必死の抗議を重ねが、日本を軽視していたロシアは日本の抗議を無視した。若し巨済島に要塞が設けられたら日本は存立の危機に陥る。ここに自衛の為、やむなくロシアと戦わざるを得なくなった。当時のロシアは世界最強の大国だった。到底勝ち目はない。だからこの宣戦布告を決する御前会議で明治天皇は落涙されている。「勝つ見込みのない戦争だが、戦わなければ日本は亡びる。若し巻けたら皇祖こうそ・皇宗こうそうに対し、そして国民に対し・・・」―――――この悲痛な思いが涙となったのであろう。世界各国も日本は必ず負けると思っていた。

 だが、日本の陸軍の会戦で、日本の司令長官、大山巌元帥指揮の下、あのコザック騎兵で有名な世界最強のロシア陸軍を討ち破ったのである。又、海軍は日本海にほんかい海戦かいせんにおいてこれも世界無敵といわれたロシアのバルチック艦隊を消滅させた。日本海軍連合艦隊の東郷平八郎司令長官は戦闘開始に当たって旗艦きかん『三笠みかさ』のマストにZ旗の信号を挙げた。「皇国こうこくの興廃この一戦に在り、各員いっそう奮励努力せよ」と。まさにこの一戦こそ、日本の運命を賭した一大海戦だった。

当時の日本は明治天皇のもと、政治家も官僚も軍人も国民もみな「お国のためなら」と命を投げ出していた。今の腐敗堕落、魂のぬけたような日本と転地雲泥だった。この戦いの日本の勝利は全世界を驚愕させた。なにしろアジアの有色人種の小国日本が世界最強の白人国家ロシアを打ち破ったのだから正に驚天動地だった。これが世界にどんな影響を与えたかというと日露戦争以降、白人の植民地は世界で一つも増えていない。まさしく白人による世界植民地争奪戦の野望はコロンブス以降四百年にして完全に挫折した。

            日本海海戦「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」 / Z旗
          (日本の連合艦隊旗艦三笠艦橋で指揮をとる東郷平八郎大将)





日中戦争

 次にいま中国が最も重視している日中戦争を検証する。中国は「日本が侵略した、侵略した」と盛んに宣伝し、日本人の自虐史観をあの手この手で刷り込み喧伝しているが、この戦争はどうして起きたのかを知らねばならない。其の発端が「盧ろ溝こう橋きょう事件じけん」であったとすることは日中両国の共通認識だ。だから、中国は盧溝橋のすぐ傍そばに広大な「中国人民抗日戦争記念碑」を建て、日本軍の残虐ぶりを写真や人形で示し、この日本兵と戦って中国人民を守ったという中国共産党軍「雄姿ゆうし」なるものを宣伝している。しかし実際は、日本軍は蒋介石の率いる国民党軍とは戦ったが、中国共産党軍とは戦ってはいない。つまりこの展示は中国人民に日本への敵意を懐いだかせることを目的にした捏造ねつぞうなのだ。しかし、訪中する日本の政治家のほとんどはここを訪れる。いや訪れさせられるのだ。歴代の多くの総理もここを訪れ記帳しては謝罪の意を表している。

    1995年 村山富市首相が中国人民抗日戦争記念館を見学

 1995年8月15日 抗日戦争勝利50周年紀念日に際し、村山富市首相は『人民日報』記者に、「わが国の植民地支配と侵略が、中国人民に対して多大の損害と苦痛を与えたことを痛切に反省し、心からのお詫びの気持ちを表明する」と述べる。日本の首相として初めて、中国侵略について謝罪。

            小泉首相、盧溝橋と抗日戦争記念館を見学し謝罪する
               謝罪記事   日本人女性が土下座謝罪

 この盧溝橋事件は昭和十二年七月七日の夜、盧溝橋付近において、条約に基づく国際平和部隊の一部として駐屯ちゅうとんしていた日本軍の一箇中隊に対し、何者かが発砲したという事件で、中国はこの事件を日本が侵略戦争を開始するための自らが仕組んだものでこれが侵略戦争の始まりだと云っているのだ。





盧溝橋事件の真相

 だが近年になって重大な事実が明らかになってきた。それはこの事件が実は中国共産党が仕組んだ罠わなであったと云う事です。当時の中国は蒋介石しょうかいせきが率ひきいる中国国民党と、毛沢東の率いる中国共産党の二大勢力が中国大陸で激しく争っていた。そして毛沢東の中共軍は蒋介石の国民党軍に完膚かんぷなきまでに叩き潰つぶされ十万の兵力がわずか六千にまで減り、命からがら延安えんあんまで逃げのびている。

 この逃避行とうひこうが中国共産党でいうところの「大長征だいちょうせい」、「大長征」といえば格好かっこういいが、実のところ命からがら逃げのびたのだ。この中国共産党が勢力挽回・起死回生の策として考えたのが国民党軍と日本軍とを戦わせて漁夫の利を得ようとするもので、この策略こそが、盧溝橋事件の真相なのだ。

 謀略は中国共産党のスパイが国民党軍に入り込み、先ず日本軍に発砲し、さらに国民党軍に対しても発砲し、双方が相手国が攻撃したと思い込ませ、やがて全面戦争にまで発展していった。このことは、中国共産党の教科書といわれる「戦士政治課」の中に「劉少奇りゅうしょうき指揮しきのもとに抗日救国青年隊が、中共の指令に基もとづいて実行した」と記されているし、また、日本側でも事件の直後、中共軍司令部に向けて「成功せり」という緊急電報が打たれたのを傍受ぼうじゅしたという証言が出ている。まさに日本軍は盧溝橋事件に「巻き込まれた」事が判明する。

                  廬溝橋と憎悪感情を煽る抗日戦争記念館
                    反日感情を煽る南京大虐殺記念館





コミンテルンの謀略

 だが、盧溝橋事件の背後にはさらに大きな謀略が潜んでいた。ソ連が結成した国際共産主義組織(コミンテルン)の指令、即ちソ連首相、スターリンの謀略が動いたのだ。ソ連という国は日ロ戦争に敗れた帝政ロシアにおいて、レーニン等が共産革命を起こして作った国だがレーニン等は、共産主義の革命団体を世界中に作り出し、そのすべてをモスクワの指令によって動かし各国の内部を混乱に陥おとしいれて共産革命を世界に広げることを企くわだてていた。かくて結成されたのがコミンテルンなのだ。そしてこのコミンテルン指令は、各国の共産主義団体に対し、絶対の権威を持っていた。

 コミンテルンはロシアの立役者・レーニンによって一九一九年に結成され、その後、スターリンがこれを引き継いだ。スターリンは共産主義の水門をおし広げ、結果、三つみっつの大陸に十三の共産主義国家を誕生させ、人類の三分の一以上を共産化することに成功したという政治的天才であり謀略と残忍性を兼ね備えた、史上稀まれに見る奸物かんぶつである。

 彼は冷酷無比な血の粛清しゅくせい、その犠牲者は数百万人にも及ぶが、その粛清でソ連国内を震え上がらせると共に、ソ連の国益を求めて国際的な謀略ぼうりゃくを駆使くしした男。

 当時のソ連は、ドイツのヒットラーとの戦争に備えていた。この戦争を有利に進めるには、ソ連の東部国境の満蒙に配置されている日本の精鋭・関東軍を無力化する必要があった。そのため、日本軍と蒋介石が率いる国民党を戦わせることをスターリンは謀はかったのだ。この戦争が成功すれば、国民党軍に追われて延安まで逃げ、全滅に近い状態になっている毛沢東の中国共産党をも救うことになる。そこでコミンテルンは中国共産党に『国民党と妥協し、日本軍と戦え』との指令を発した。



西安事件

 この指令を受けて 中国共産党の周恩来は西安へ飛んだ。この西安には実は蒋介石が中国共産党に対する最後の総攻撃を打ち合わせるために来ていたのだ。ここで盧溝橋事件の伏線ふくせんとなる西安事件が起こる。なんと蒋介石が部下の張学良の罠わなに嵌はまって逮捕監禁されてしまった。ところが、二週間後に蒋介石は釈放され首都圏に戻っている。蒋介石はそれまで中国共産党と戦って「後一歩」というところまで追い詰めていたのに突然、それまでの支那しな統一とういつ方針ほうしんを一転させ中国共産党への攻撃を中止して対日攻撃の戦争準備に入った。この方針転換は西安で監禁されていたとき中国共産党の周恩来と協議して合意したものだという。

 そして蒋介石のこの方針転換を確認するや、ソ連は蒋介石に対し極秘に3億㌦にも上る莫大な軍事援助を開始している。この経過を見れば西安事件こそまさに盧溝橋事件の伏線であり、ソ連のスターリンが陰で糸を引いていたことは明白である。

即ち、スターリンは中国共産党を使って張学良に反乱を起こさせ、捕らわれの身となった蒋介石に命の保証と引き換えに方針転換を迫り、その見返りとして莫大な軍事支援を与えるという交渉を周恩来にやらせた・・・というわけだ。

そして、この西安事件の半年後に、盧溝橋事件が起き、日本軍と蒋介石の国民党軍が戦闘状態に入った。このような背後の真相まで見れば日中戦争を起こした真犯人はまさしくソ連のスターリンだったのが解かる。





 通州事件

 盧溝橋事件後、日本側は戦闘が拡大しないようにと必死に努力をし、ひとまず現地協定も成立させて隠忍自重を重ねて来たが、中国軍は次々と日本軍を挑発するような事件を起こして来た。ここに通州つうしゅう事件じけんといわれている挑発行為を語らねばならない。これは日本軍守備隊と日本人居留きょりゅう民みんの老若ろうにゃく男女なんにょ約五百人が三千人の蒋介石軍によっておよそ人間とは思えぬような方法で惨殺ざんさつされた事件があった。これほど惨いむごい、これほどの辱めはずかしめが人間として出来るのかというような、口にするのも忌いまわしい殺戮さつりくであった。この「通州事件」は日中戦争拡大の契機となった大事件なのに、戦後の教科書には全く載っていない。これも、中国に対し腰の引けた自虐史観の故である。

 さらに「上海事件」というテロ事件など、中国軍は次々と事件を起こしては、日本軍を大陸の泥沼に土竜もぐら叩きたたきのように誘い込んでいったのだ。まさに日本は中国共産党の罠に嵌められ引きずり込まれていったというのが日中戦争の真相である。





 漁夫の利

 かくて国民党軍が日本と戦っている間に、毛沢東の中共軍は勢力を盛り返し、日本が敗戦した後のちには国民党軍を壊滅させ、蒋介石を台湾に逃亡せしめ、そして一九四九年に「中華人民共和国」すなわち現在の中国が建国された。

 だからこんな話がある。中国を訪れた日本社会党の佐々木更三委員長が毛沢東と会談したとき、委員長が「日本は中国を侵略して本当に悪いことをしました」と詫びた。すると毛沢東は「何をおっしゃる。日本が国民党と戦ってくれたおかげで我々は天下を取れた」と答えたという。これが日中戦争の真実の姿なのだ。

 その中国がいま「歴史認識、歴史認識」といって騒いでいるのは、まさにこれ、日本を屈従くつじゅうさせ、やがて属国にするための謀略なのだ。





日米戦争

 最後に日米戦争。日本はなぜ米国と戦わねばならなかったのか・・・ 。当時、昭和天皇をはじめ東条首相も国民も、誰一人として日米戦争を望むものはいなかった。にもかかわらず、開戦となってしまった。その原因を一口でいえば、アメリカの日本に対する人種差別と石油の輸入禁止である。

 戦前のアメリカは、今からは想像も出来ないほど人種差別の強い国だった。だからこそ、アフリカから黒人を捕らえてきて奴隷にすることも出来た。そのアメリカが、日露戦争に勝った日本を見てある種の恐怖心を懐いたのだ。

当時「日本には連合艦隊という凄いのがある。しかしアメリカには艦隊がない」あるいは「太平洋を挟はさんで、もしかしたら日本がアメリカに攻めてくるのではないか」などという記事がまことしやかにアメリカの新聞に載っていたほどだ。

 またアメリカは中国大陸に進出する野心を懐いていた。ほかの西欧諸国は東洋に次々と植民地を作ったが、アメリカは出遅れた。西部へ西部へとインディアンを征服し、次にハワイそしてフイリッピンにまで手を伸ばしたが、西欧各国に比べれば出遅れていたので何とか中国大陸に進出したいとの野心を懐いていた。が、日露戦争の結果として日本は満州に権益けんえきを得た事に対し、アメリカは日本を邪魔に思い疎うとましく思うようになっていた。




排日移民法

 この心理が「排日はいにち運動うんどう」すなわち日本人を排斥はいせきする運動となって、遂に大正十三年に「排日移民法」というのが成立した。此れはどのような法律かと言うと「黄色人種の日本人は帰化不能外国人であり帰化権はない」としたもので、これを、それまでの各州の法律ではなく、連邦法として定めたもの。この人種差別法の成立は、それまで米国に好意的であった日本人の人々の対米感情まで一変させた。たとえば渋沢栄一などは親米そして温厚な勝れた実業家であったが、その渋沢栄一さえ「米国は何というひどいことをするのか」といって憤慨ふんがいしたという。



石油禁輸と「ハル・ノート」

 さらにアメリカは盧溝橋事件以後、日本に対して「ABCD包囲網」というのを作った。Aというのはアメリカ、BはBritainでイギリス、CはChina、ただし中国共産党ではなく蒋介石のチャイナ、DはDutchでオランダ。即ちアメリカを中心とするこの四ヶ国で、日本を包囲して「日本には石油を一滴も入れない」と決めた。日本には石油資源がない。若し石油が入って来なければ、軍艦の一隻、航空機の一機も飛ばせない。工場もすべて止まる。国家は存続できなくなる。

 さらに追い討ちをかけるようにアメリカは、日本が到底受け入れることの出来ない要求、これを実行したら国家が解体するというような要求ばかりを書き連ねた。いわゆる「ハル・ノート」を最後通告として昭和十六年十一月二十六日、まさに石油禁輸で喉首のどくびを締め上げたうえ「ハル・ノート」の匕首あいくちを日本の脇腹わきばらに突きつけてきた。





 スターリンの謀略

 それにつけてもなぜアメリカは、手の平を返したように無理な要求を突きつけてきたのか。実は日米交渉は、ぎりぎりまとまるかもしれないという空気もあった。所が「開戦やむなし」と決断せざるを得ない「最後通諜さいごつうちょう」がいきなり突きつけて来た。実はここにも、コミンテルンの謀略の手が伸びていた。近年公開されたアメリカの「ブェノナ文書」という史料によって驚くべき事実が明らかになった。

 それによるとルーズベルト大統領の下もとで財務長官財務次官を務めていたハリー・ホワイトという人物が「ソ連のスパイ」だったというのだ。そして「ハル・ノート」はこのホワイトが書いたものだった。日米交渉に当たっていたハル国務長官本人が作った文書はもっと穏やかな内容だった。所がソ連のスパイが、日本が激昂げきこうするような案を作り、これを巧みに大統領に採用させ、「ハル・ノート」として日本に突きつけたのだ。

 スターリンはこのようにアメリカ政の府の中枢ちゅうすうにまで米人ソ連スパイを多数送り込んでいった。ついでに言えば、日本に対してもスターリンは、ゾルゲや尾崎秀実らをスパイとして暗躍させている。尾崎秀実などは巧みに近衛内閣のブレーンとして日本の国策決定に参与し、日中戦争を拡大させたり、日本を対米戦争へと追い込んでいく謀略活動をしていた。

 では、なぜスターリンは日本を戦わせようとしたのか。それは当時のソ連がドイツに攻め込まれ、首都モスクワまでも陥落寸前状態になっていた。もしドイツと同盟関係にある日本が、東から攻めて来たらソ連が危うくなる。何としても日本の矛先をアメリカに向かわせなければいけない。かくてスパイのハリ・ホワイトに、日本が絶対に呑めない「ハル・ノート」を作らせたというわけだ。

 ここに及んで日本は「座して死を待つよりは・・・」ということで、やむなく開戦に踏み切った。昭和十六年十二月八日のこと。これがどうして侵略戦争なのか。侵略であるわけがない。まさに国家の存立のため、自衛の為、止むを得なく戦争に突入したのだ。このことは筆者がいうのではない。あのマッカーサーがアメリカ会議で証言をしている。




マッカーサーの議会証言

 マッカーサーという人物は日本と戦ったアメリカの総司令官。そして占領軍のトップとして敗戦直後の日本に赴任し、占領政策の一環として現憲法を日本に押し付け、さらに極東軍事裁判いわゆる「東京裁判」を開いて日本の戦争犯罪なるものまででっち上げ、宣伝した敵の大将だ。このマッカーサーが、昭和二十六年五月三日、米上院軍事外交合同委員会に召喚され、戦争に突入した日本について証言した。ついでに言うが、日本国内の自虐史観というのは、前述のごとく、マッカーサーが「東京裁判」に基づき日本の戦争犯罪なるものを宣伝したところから始まった。しかしアメリカは間のなくこれを云わなくなった。すると今度は、中国・ソ連が動き出し、その手先のようになっていた日本国内の左翼政党、マスコミ、進歩的文化人、日教組などが「日本は侵略戦争をした悪い国だ」と自虐史観をしきりと強調するようになった。そして日本人自らが日本を貶けなす自虐史観の教科書を作りそれを生徒に教えた。かくて日本人は国に誇りを持たず、国家を忘れ、自己中心、欲望肥大の自堕落・亡国的な民となってしまった。

 話を戻そう。占領軍のトップだったマッカーサーは、昭和二十五年六月に起きた朝鮮戦争で、自ら共産軍と戦うことになった。この朝鮮戦争というのは、北朝鮮が中国とソ連の支援を得て、朝鮮半島統一をめざし韓国になだれ込んで来たもので、マッカーサーは辛うじてこれを押し返し、韓国防衛のため、満州まで戦略を展開しようとした。で、マッカーサーはこの戦いを通して初めて解かったのです。明治維新以来ロシアの南下という脅威を受け続けていた日本と自分が同じ立場になってみて、「日本が国を守ろうとすれば、どうするであろうか」ということが身に沁みて解かったのだ。そして昭和二十六年五月の米上院議会で「日本が戦争に突入した動機は主として自衛の為であった」という趣旨の証言をした。

 しかし自衛のためであってもアメリカと日本では国力の差があり過ぎた。開戦より三年九ヶ月、満身まんしん創痍そういとなって力尽きた日本は、遂にポッダム宣言を受託し敗戦したのだ。その決め手となったのが、広島・長崎への原爆投下であった。終戦の詔勅しょうちょくで昭和天皇は「・・・・・敵は新たに残酷なる武器を使用して頻しきりに無辜むこ(罪なき民)を殺傷し、惨害の及ぶところ真まことに測はかるべかざるに至る。而しかも尚なお交戦を継続せんか、終に民族の滅亡を招来するのみならず、延ひいて人類の文明をも破却はきゃくすべし。・・・・・帝国臣民にして戦陣に死し職域に殉じゅんじ非命ひめいに斃たおれたる者、および其の遺族に想いを致せば、五ご内ない(五臓)為ために裂さく・・・・・・」と血を吐くような思いいを述べておられる。




ソ連の参戦

このような瀕死の日本にソ連が参戦してきたのだ。日本とソ連の間では、昭和十六年(一九四一年)四月に日ソ不可侵(中立)条約が結ばれていた。にもかかわらず、スターリンは長崎に原爆が投下された昭和二十年八月九日、突如、満州・樺から太ふと・千島に百五十万の大軍と戦車五千両を投入してなだれ込んできた。    日ソ中立条約

この攻撃はすでに息も絶え絶えたえだえの日本をみて、戦後の分け前を確保しようと、スターリンの狡猾こうかつな企たくらみからなされた。更にソ連は、終戦の十三日後に、択捉えとろふ・国後くなしり・色しこ丹たん・歯はぼ舞まいの 北方ほっぽう四島よんとうを占領し、その不法占拠は現在に至るまで続けられている。正に火事場泥棒だ。

 それだけじゃない。ソ連軍が満州になだれ込んだ時、百五十五万人とも言われた日本の居住民に対し、どれほどの残虐ざんぎゃく行為こういをしたか。其の様さまはあたかも飢えた狼が子羊の群れを襲うにも似にていた。日本人の民家に押し入ったソ連兵は、銃で脅し金品を強奪し、殺戮さつりくし、婦女子を凌辱りょうじょくし、暴虐ぼうぎゃくの限りを尽くした。このような残虐ざんぎゃく行為により、二十四万人以上の日本人一般市民が命を落とした。

 それだけじゃない。ソ連は武装解除した日本兵士約七十万人を不法に抑留よくりゅうし、彼らをシベリアの奥地に送り込んで強制労働に従事させた。この苛酷な労働と、飢えと寒さにより、十万人が死に追いやられた。これがスターリンのソ連が敗戦時の日本に対して行なった残忍な仕打ちだった。




結び  侵略戦争じゃない

 以上、明治以来の四ッの戦争を検証したが、大観すれば白人の東洋への植民地支配の中で唯一ゆいいつ独立を保ってきた日本が、自衛の為、祖国の為に戦っていた戦争である。しかし、日清・日露は辛うじて勝てたが日中戦争では泥沼に引きずり込まれ、日米戦争では刀折れ矢尽きた上に原爆で止めを刺され、更にソ連によって領土を奪われ、日本は福運が尽きたのだ。

 但し、東南アジア諸国は、日本のこの戦争によって、長きにわたる白人支配の植民地からそれぞれ独立が出来たことは世界史的意義大だいというべきだ。これでおわかりいただけただろう。明治維新以来の日本の戦争は、断じて侵略戦争じゃない!まさしく祖国防衛戦争なのだ!しかし此れは只、表面の事実の歴史を述べたもので、このような戦争に引きずり込まれた本質の深因を知らねばならない。筆者は其の本質の起因・深因を知る。

 この歴史上の争い(日清・日露・日中・日米戦争)などはまだ序分と思っている。眼まなこを開けて見るが良い。地球上では、今、アメリカと中国が、共に人類を絶滅し得るほどの核兵器を持って睨みあっている。若し戦ったら人類を滅ぼす。否、地球すら壊すことが出来る。これ正まさしく最終戦争だ。共産党独裁の中国の核戦力は、いまや米国のそれを凌駕りょうがしつつある。既に米国本土の各都市を核攻撃できるだけの力を中国は持つに至っている。それだけじゃない、平松茂雄氏(軍事評論家)によれば、有人宇宙船「神しん舟しゅう」に成功した中国は、米国のミサイル防衛システムをも破壊する「宇宙軍」を二千十年までに作り、米防衛システムを無力化せんとしていると云う。

 もうアメリカの「核の傘」が日本を守ってくれる時代じゃない。大きな地殻変動が起きている。圧倒的な軍事力を持つ中国が日本に牙をむき出し侵略の矛先を向ける時、日本はどうなるのか?自虐史観を論じるより前代未聞の大闘諍だいとうじょうが今まさに起こらん事が心配だ。

  平成二十一年 師走月   脱稿


        寶玉堂 主幹      丸山三代次
                    (東証ペンクラブ会員)









追記
       日米関係 急速に悪化
 このところ、日米関係が急速に悪化してきている。これは政権与党の座を得て、米国オバマ大統領会談にて「ユキオ」と呼ばれ、調子に乗った鳩山由紀夫総理の軽率な言動に端を発している。而も、アメリカ抜きの「東アジア共同体」などと言い出したり「今まで日本は米国に依存し過ぎていた」とか、「日米同盟のあり方をレビユー(再検討)したい」などと、粗雑な言葉を無神経に繰り返し、アメリカの神経を逆なでし、怒りを買い、日米関係に軋みが生じてきている。

 沖縄の普天間基地移転問題でも、過去十四年間にわたる日米両政府、国と国との検討で、アメリカ側の譲歩で、日本政府案を受け容れ合意した経緯を、鳩山首相はいきなり「普天間基地は沖縄県外、いや、国外に・・・」と言い出し拗れているのだ。本年十月に来日したゲーツ国防長官は「若しこの合意が守られなかったら日本の安全やアジア・太平洋全体の米軍戦略に重大な支障が生ずる」と警告し、自衛隊の栄誉礼も、外務大臣・防衛大臣による、晩餐会も拒絶した。それでも鳩山首相は鈍感で平然としている。

      鳩山首相、ゲーツ米国防長官と会談 日テレNEWS24#(動画あり)

十一月三日には、ケリー国防省報道官が記者会見で「日本が我々とどのような関係を築きたいかは、結局のところ、日本政府にかかっている」つまり、“日米同盟を解消したいのならそれでもいいですよ”と云う事を言っていた。更に、国務省の一高官、恐らくクリントン国務長官だと思うが?「もっと厄介な国は、中国ではなく今や日本」というのだ。

既に、米国政府関係者や有識者が一様に「鳩山政権からは、日本の防衛を考える姿勢が感じられない」と・・・ 彼には国家の安危を考える能力も正しい歴史認識もない。

日本が置かれている現状は、敗戦によって戦力を放棄させられ、自力では存立できない国になっている。これまで生存できたのはアメリカの保護があったからで、そのアメリカが今や衰退が始まり、いよいよ軍事超大国・中国の侵略を受けんとしている。これが日本の置かれている現状である。

然るに鳩山首相はこの恐るべき事態を把握できず悪戯にアメリカと距離を置き、中国に媚を売り擦り寄っている。彼には、協力すべき国と警戒すべき国との見分けがつかない。少なくてもアメリカは「核の傘」で日本を守ろうとしている国で、中国は日本に『核』を向けている国なのだ。而も、永住中国人に参政権を与える法案を検討中と云うから呆売国奴、其の区別もつかずに政権獲得の喜びに溺れ、幼稚、無責任な政治家を持つてしまった事は日本国にとって危険きわまりなく、強い警戒の警鐘を鳴らす者である。


 

日 朝 平 壌 宣 言 と      植 民 地 問 題 を 検 証

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時44分30秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
   日 朝 平 壌 宣 言 と
     植 民 地 問 題 を 検 証



 電撃的な国交のない北朝鮮に突如小泉首相が訪問し、異例の日朝初の首脳会談が九月十七日、平壌で開催された。首相官邸や外務省には交渉の【成果】を巡って不満や抗議の電話が殺到したそうだ。一方新聞の世論調査では小泉訪朝を評価する声が八割突破とその落差は櫻田淳が『正論』(産経新聞九月十九日)で指摘していた  「怒りの情」 と 「勇気と決断の理」 の乖離(かいり)の評価なのだろう。

 此の評価はあくまでも表面上の評価であって、 共同宣言署名の本質を深く見極めると此れまさしく凶悪犯罪国家の延命に手を貸し、日本を危うくし、北朝鮮二千万人民を更に苦しめる愚かな金正日の罠にはまった 『日本国の凶事』 である。

北朝鮮が首脳会談を持ちかけて来た目的は    ① 無謀な軍事力拡大の結果、経済は破綻し金正日体制が崩壊の危機に直面し立て直しの為に日本からカネを巻き上げようとの企みが最大の目的。  ② 今ひとつはイラン・イラク・北朝鮮を『悪の枢軸』と決めつけたアメリカに対して、此の日朝  会談で【いい子ぶり】を見せつけアメリカの攻撃をかわす為。

この二っの擬態会談の表明は以前から計算された策略で其れに乗った小泉総理は北朝鮮ぺースの会談に乗ってしまったのだ。此の策略に見事にまった総理は支持率挽回の好機と見たのか、又交渉担当の外務省アジア大洋州局長田中均自身が歴史的な日朝国交正常化実現が成し遂げられれば大手柄という役人の功名心からなのか北朝鮮のいいなりの共同宣言案文作りを二十日も前から作成していたのだ。

   訪朝前の朝日新聞一面トップ 「共同宣言」 の草案骨子「村山談話を踏襲して植民地支配を謝罪し、補償は経済協力方式としミサイル凍結継続」と書かれ肝心の 『拉致問題』は共同宣言には含まれず腹の底が浮き彫りに見えていたにも係わらず 「人道問題として対応する」との格好をつけ行方不明者の安否を明かすとのエサに釣られ騙され平壌に飛んで行った。結果生存者四人。死亡者八人。然も死亡年齢は皆若く、死亡年月日が同じの二名の不自然死を明かされ「殺された」 疑惑が浮上。 安倍晋三官房副長官から午後の会談前の昼食事時に「拉致を認めさせ謝罪せねば署名(宣言文)は出来ませんね」との進言を恐らく隣部屋で仕掛けた盗聴器でその内容を盗聴し、北朝鮮側は決裂会談を恐れ午後の会談の冒頭に急遽なりふり構わず金総書記から 『拉致』 の事実を認め、謝罪の言葉を述べて来たのが真相と分析した。

 然も 『拉致を認め金総書記が謝罪』 との最も重大な事実は共同宣言には陰も形も文言は無く、其れどころか平壌放送と朝鮮中央放送では此れを一切報ずる事なく勝ち誇ったように「日本の総理大臣がわざわざ平壌に来て、偉大な将軍様に過去の植民地支配を心から詫び経済支援を約束した」と云うのだった。金総書記自身「自分は知らなかった」「特殊機関が勝手にやった事」と言い逃れているが独裁国家の偉大な将軍様の命令以外に誰が大それた 『拉致』 をやれるのか。惚けるのもいい加減にすべきだ。

 所詮、拉致問題ぬきにしての 『日朝会談』 など不毛の論議だ。然も北朝鮮は拉致問題は 『存在しない』 『日本のデッチ上げ』 と突っぱね続け、数日前に至って初めて日本側が求めている十一人とは全く関係のない五人と一人の在日朝鮮人が 「自分の意志で北朝鮮に渡って来た」と云う消息を通知してきたのだ。日赤代表団は『誠意を感じる』 云々と。又政府、外務省も 「一定の評価」 と甘チャン外交を吐露した。 「よど号」グループ元妻は 「有元恵子さんを誘拐した」 「慰安婦としての女性獲得作戦」 と証言していたにもかかわらず。

 民主党の鳩山有紀夫代表は平成九年四月に「困っているときに拉致事件などの問題が解決しないと援助できないというのでは彼ら(北朝鮮)の気持ちは和らげることができない・・・ 」 と。 自民党の中山正暉日朝友好議員連盟会長でさえ 「拉致を前提に置くと何も進展しなくなってしまう」と云っていた。 一貫して北朝鮮を弁護していた学者の代表、吉田康彦(埼玉大学教授)は食料積極支援の張本人で北朝鮮に対する世論の 『恐ろしい独裁国家』との風潮批判を交わし北朝鮮をあたかも平和愛好国であるかのような事を読売新聞の論点欄で主張していた。 評論家の五島隆夫も 「李恩恵の拉致問題など、なぜ今更・・・ 北朝鮮は怖い国と云うイメージを・・・ 云々」 と暗に拉致は無いし怖い国でも無いと犯罪国家を否定する談話を朝日新聞が掲載していた。朝鮮労働党と友好関係にある社民党は公式のホームページに臆面もなく 「拉致疑惑事件は日本政府に北朝鮮への食糧支援をさせない事を狙いとして最近になって考え出され発表された事件」と 『拉致』 を創作と決めつけ掲載し続け、愛想つかしの田嶋陽子参議院議員(離党)の噛み付き批判に慌てて削除した。

  旧社会党から社民党を通じて北朝鮮と交流してきたジャーナリスト出身の元参議院議員田 英夫は拉致謝罪後 「金正日主席は人間としてもリーダーとしても凄い奴」「拉致はまゆつばと思っていた」 と。 そして 「拉致問題を理由に国交正常化を遅らせるべきではない」 と不見識な社会主義かぶれのハゲ頭奴は言っていた。

  拉致された日本人はもう二十年も前から、七十人とも百人とも云われ、日本の警察当局でも北朝鮮が発信する暗号を傍受し分かっていたのだ。だが日本政府の政治家はそれを黙殺し、 知りながら北朝鮮にお世辞を使い、 既に六回にわたって百十八万トンの米を送っている。それのみか政治家の中には北朝鮮の利権を漁る国賊政治家も存在しているのだから始末が悪い。

  米国と北朝鮮が核問題で調印(平成六年十月二十一日)した日本や韓国の安全を度外視したクリントン外交の時も韓国の金泳三大統領は「米国は北に操られ延命をさせるだけ」と痛烈に批判しているにもかかわらず河野外務大臣(当時)は 「賛成できる内容」 とニヤニヤし自民党・社会党・さきがけの三党そろって「李恩恵問題は棚上げしてもよい」と言い、加藤紘一自民党政調会長(当時)などは「現村山内閣で日朝国交正常化をやろう」とはしゃいでいた。  (東証ペンクラブ1995年発刊号に小生の関連記事執筆掲載有り委細ご参照乞う)

 所詮、犯罪国家のテロリストを相手に約束を交わすこと自体が全くのナンセンス。此の時の『核開発凍結の見返りに軽水炉開発を提供する米朝枠組みに合意』は八年後の平成十四年十月始め米朝高官協議の際に核開発疑惑を示す衛星写真を米国側に突き付けられ、 観念し核開発(濃縮ウランの開発)を進めていた事を認め「枠組み合意の無効」と平然と通告したのだ。

すべての約束はただただ米韓日からカネを引っ張り出すだけのポーズだった。テロリストとはこんなものなのだ。北朝鮮がいかなるテロ国家・犯罪国家であるか過去の歴史を検証して見よう。

 一九八三年ラングーンで韓国の全斗煥大統領を暗殺しようとして爆弾を仕掛け閣僚を含む二十一人を爆殺させ、八七年には大韓航空機を爆破し、 数百人に及ぶ民間人の命を奪った。又、北朝鮮人民に対しても金日正は二百万人を餓死(金正日の側近で韓国に亡命した黄長曄によれば四百万人)させながら蚊が死ぬほどにしか感じていないのが現実である。

        (能登半島沖の公海上で発見された不審船。中央部の煙突に北朝鮮の国旗)


既に、日本国内に4千人とも言われる工作員を潜入させ、 工作船を幾度も領海に侵入させ、麻薬・覚醒剤を大量に日本に持ち込み、偽札を造り、テポドンを近海に撃ち込み、何よりも恐れるべき日本列島全域には射程に収めたミサイル・ノドン百基を実践配備している。テポドンは弾道弾だからアメリカに脅威を与えるが、日本国ではノドンで十分だ。  既に此のノドンが百基日本に向かって弾道が向けられ、其のうえ世界第三位といわれる生物・化学兵器を蓄え、七十人とも百人とも云われる日本人を拉致した犯罪国家なのだ。

 拉致が如何に残酷か。横田めぐみさんを例にとっても十三歳で新潟の海岸において袋をかぶされ拉致された。幼い少女は暗い船倉に投げ込まれ誰も知らない異国の地に只ひとりポツンとさらわれて行き、毎日脅え泣き叫んでいた其の心境はどれほど心細く怖かったであろうか。そして結婚させられ子供を産み発表によればすでに死んでいると云う。こんな惨いことがあろうか。この残忍な行為を平然とやってのけるのが北朝鮮であり金正日なのだ。此の犯罪国家は潰さねばならない。悪の元凶・金正日体制を崩壊させねばならない。

  それが日本国の為であり、北朝鮮の人民二千万人を救う唯一の道なのだ。のみならずミサイルを輸出し世界を不穏にさせる悪の根源に延命の手助けをする事はテロ国家支援国となるのである。

 小泉首相はまんまと金正日に乗せられ宣言書に署名してしまった。謝罪してはいけないことを謝罪し、与えてはいけないカネを与える約束をしてしまった。謝罪の文言曰く「日本側は過去の植民地支配によって朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明した」と。そもそもこの歴史認識が間違いで詫びてはならぬ事を詫びて、その償いとして経済支援を約束している。此の経済支援は「無償資金協力、低金利の長期借款供与および国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施」等と言うのである。此れが実現すれば金体制は息を吹き返す。中国側では世界戦略上の経済支援を続けているが、 此れで中国は日本に肩代わり出来るとばかりに朱鎔基首相や唐家旋外相も「日朝会談は大成功」と小泉総理を煽て上げている。ロシアはシベリア鉄道を北朝鮮まで伸ばしたいがカネが無い。


 日本の援助が決まれば実現するとの思惑『日朝会談は大成功』と拍手を送って来たのだ。カネを巻き上げる口実に『植民地支配』を挙げてきているが果たして本当に日本が悪い事をしたのか、 此処にその実態を検証してみた所、 全くそんな事実は無い。ならず者がインネンを付けてカネをたかろうとしているだけなのだ。北朝鮮の主張する非難は今から約百年前の正確に言えば一九一〇年(明治四三年八月二二日)「日韓併合」に有る。

 日韓併合がなぜ行われたか此の歴史のすべての教科書が間違って記述をし、マスコミも政治家も間違ったことを言っている。だから国民も皆、悪いことしてきたんだと思い込んでしまっている。だから政治家は謝ってばかりいる。これが戦後の日本の土下座外交なのだ。此の間違いを糺し、此処に正確な日韓併合の経緯を明かす由縁がある。

  欧米列強のアジア侵略
 幕末から明治(十九世紀末から二十世紀の始め)にかけてアジアは切り取り自由と云う手当たり次第に侵略・植民地化の嵐がイギリス・ロシア・フランス・オランダ・ドイツ・アメリカ等の地球の裏側から弱肉強食宜しくアジア領土を襲い、 進出し弱国を植民地化して来た。イギリスはインド・ビルマ・マレー半島を、フランスはベトナムを、オランダはインドネシアをそしてアメリカはハワイ・フィリッピンを更にロシアは南下して満州を手に入れ朝鮮半島にも手を伸ばそうとしていた。否、日本にもその危機の可能性も示唆された。

 此の植民地化の嵐の中で当時の日本人がどれほど深刻な不安を抱いていたか現在の日本人には到底想像もつかないであろうが、福沢諭吉は何度も外国に行きインドでの白人の横暴や、アメリカ人の黒人奴隷を鞭打つ人種差別等の凄さを見て知り、もし日本がこんな白人の植民地になったら大変な事になると心底から憂えていた。此の思いは当時の日本人は皆抱いていたのだ。 『此の侭では日本は白人の植民地になってしまう』 と。

 明治維新以来、日本の政治家の共通の認識は、もし朝鮮半島がロシアに占有されるか分割されたら日本の国土防衛は不可能となる。そこで 『朝鮮がしっかりした独立国となってほしい』 と願っていた。白人諸国、殊にロシアの南下・侵略に対しては日本だけがどんなに幾ら頑張っても限界があり、隣国の朝鮮独立国が存在すればどれ程安心かという思いが明治の政治家には有ったのだ。此処に明治政府は朝鮮の独立と近代化を願って明治九年(一八七六年)に 『日朝修好条約』 を締結したのである。此の条規第一条 「朝鮮は自主独立の国であり、日本と平等な権利を有する」 と謳っている。これまで朝鮮は世界中から、大国、清の属国と思われていたから此れはまさに画期的な事だった。清というのは当時中国大陸を支配していた国で官僚的な老廃国だった。



  日清戦争勃発           日清戦争(PDF)    参考資料
 朝鮮が結んだ国際条約はこれが最初で此の条約により日本と朝鮮半島はその後、円満に推移して行った。所が明治十五年になって 「壬午政変」 という内乱が起き、これに乗じてこれまで朝鮮を属国のように扱ってきた『清』が朝鮮に兵を出し朝鮮を支配下に収めてしまった。此れを見て日本は何とかして朝鮮の独立を助けようとしたが 『清』 は事あるごとに朝鮮を属国として支配し続け譲らなかった。そして日清戦争が勃発した。

 日清戦争開戦の理由は日本と清国双方の宣戦布告文書を見れば一目瞭然だ。日本側は「朝鮮は我が国が誘って列国に加わらせた独立国であるのに、清国は常に朝鮮を自分の属国と主張し、陰に陽に内政を干渉し、その内乱に乗じて兵を朝鮮に出した」 と。一方清国側は 「朝鮮は我が大清国の藩属(属国)たること二百年、年々朝貢している国である」と。日本の世論は挙げてこの戦争を「朝鮮の独立を助ける正義の戦い」 として支持し、福沢諭吉や内村鑑三(クリスチャン)までもが此れは 『大義の戦い』 として論陣を張った。

  大韓帝国の誕生
 当時の清国は 「眠れる獅子」 といわれた大国でもし目覚めたら物凄い力があると思われていた国だったが日本はこの 『大国の清』 と戦い大勝利を収め、明治二十八年に下関条約によって朝鮮の独立が改めて確認され 『大韓帝国』 と云う国が朝鮮半島に成立したのだ。朝鮮半島において『帝国』と名のついた独立国が生まれ其の国王が『皇帝』と称されたのは朝鮮半島の歴史上これが初めてなのだ。




 此のように日本は大国『清』と戦争してまで朝鮮の独立を助けて来た経緯よくよく認知すべきである。所が 『清』 が朝鮮半島からやっと退いたと思ったら今度は領土拡張の野心に燃えるロシアが朝鮮半島を狙って来た。既に満州を領土として更に南下し朝鮮半島に手を伸ばし、当時は世界に名だたる強大な陸軍のコザック騎兵隊を持つ軍事力に魅力を感じたのか、折角独立国となった朝鮮は日本を捨てロシアになびき僅か数年経たず属国の如くになってしまった。日本は何のために朝鮮の為に日清戦争をやったのか。それだけではない。ロシアは冬になると凍ってしまう軍港しかない為、不凍港を求めて韓国領内の鴨緑江河口に軍港を築き、ロシアは完全に朝鮮半島西海岸の制海権を握ってしまった。此れは日本の国土防衛に重大な脅威を及ぼす事となった。更にロシアは朝鮮半島南部の朝鮮海峡に面した港に軍港を築こうとした。若し此処に軍港が築かれれば日本の九州とは目と鼻の先で、ロシアの南下を許せば朝鮮は完全なロシア支配下となり、次には日本がロシアの標的になるのは時間の問題として危惧された。



日露戦争勃発          参考資料


 此処に日本国の生存を守るため『日露戦争』が勃発したのです。然し、ロシアは世界の名だたる大国、簡単に戦って勝てるとは誰もが思っていなかったが、海では日本海海戦で奇跡的な大勝利を収め、陸では奉天大会戦で此れ又大勝利を収め、終にロシアを敗走せしめたのである。此の日露戦争の勝利によってようやくロシアを朝鮮半島への南下を退ける事が出来、明治維新以来日本の願いであった朝鮮半島の独立と近代化が愈よ進むことになった。所が一転して 『日韓併合』 と云う事態になっていった。これは日本にとっても朝鮮にとっても意外な展開だった。元々日本には大韓帝国を併合しようとか植民地にしょうなどの意志は毛頭なく、若し併合したり植民地化をすれば朝鮮半島の防衛の為の軍事負担が覆い被さり、工業興しの為のインフラ整備もしなければならず重い経済負担は到底耐え切れないし、それより何よりも朝鮮の独立と近代化を進めしっかりした国になってほしいとの明治政府の考えだった。



  日韓併合
 何故、どうして日韓併合という事態になったかと云えば明治の元老・伊藤博文が満州のハルピン駅で韓国人・安重根によって暗殺された事がきっかけなのだ。  (下の写真は伊藤博文の遺骨を乗せて横須賀に到着し上陸時の模様)


  明治の元老・伊藤博文


日露戦争終結後、韓国が近代化して富強になるまで日本が外交を預かり日本が韓国を保護国にすると云う 「日韓保護条約」 が明治三十八年(一九〇五年)に調印され、そして初代韓国総監として赴任したのが伊藤博文だったのです。  此の伊藤博文という政治家は大変優れた政治家で人望遠慮の人です。国を思う心の強さと見識の深さは今の政治家とは比べると大人と子供の違いの偉人で、 韓国植民地化に対しては絶対反対意見の持ち主であった。植民地政策の専門家の新渡戸稲造が伊藤博文に朝鮮植民地プランを説明したところ断固反対した事が文献に残ったいる。此の韓国に対する強い思いを懐いていた超大物政治家を韓国の一青年がこともあろうに暗殺(明治四二年)してしまったのだ。   日本の世論は憤慨し、韓国側でも超大国ロシアの戦いに勝利を収めた大物政治家・明治天皇の信任も厚い重臣を安重根は暗殺してしまった。韓国は 「大変な事をしてくれた」 と震え上がり、 日本の怒りを恐れ、日本の対韓政策の変化も加わり、韓国政府から 「ロシアの植民地になるより日本と一体になりたい」と日韓併合の提案が出され、韓国最大の政治団体『一進会』からも声明書が出されて来た。  然し日本は欧米列強や清国の反応を外交的配慮から慎重に構え、各国に意見を聞いた結果反対国は皆無で、アメリカ・イギリス等は 「東アジアの安定の為に日韓併合を支持する」 と云うものだった。これを見届けて明治四三年に日韓併合条約を慎重な手続きを経て条約を結んだのだ。  国際的な条約慣行からも世界中一国の反対の無かった非の打ちどころもない条約締結だったのです。


               朝鮮服姿の伊藤博文(中央)と梅子夫人(一番右側)



               大正天皇が皇太子の時に韓国訪問 (明治40年10月)
                 日本の皇太子(中央) その右側が韓国皇太子
                          お二人の後が東条大将

  韓国人の中からも
 最近に至って韓国内でも此れまでの偏見史観を見直す人々が出て来て、その中のひとりの評論家・金完燮は日韓併合について「私たち韓国人は歪曲された教育によつてしばしば乙巳条約(一九〇五年の日韓保護条約)と韓日併合が日本の弾圧によって締結されたと教えられるが事実は此れと全く違う。日本と合併することだけが朝鮮文明開化と近代化を達成する唯一かつ最善の方策であるという点については当時、朝鮮の改革勢力の間で暗黙の合意があったものと思われる。強力な世論に後押しされ日本が合法的な手続きをふんで、大韓帝国の統治権を接収したのである。その最も有力な証拠が一九〇四年に結成された 『一進会』だ・・・ 」 と。此の記事を見れば日韓併合がどんなものであったか良くわかる筈だ。


  日韓同祖論
 又、日韓併合が進められたもう一つの背景には、日本人と韓国人の双方に 『日韓同祖論』 と云う心情が有ったのだ。同祖論とは読んで字のごとく日本人と韓国人は先祖は同じ、同じ血が流れていると云う事。例を挙げればあの桓武天皇の母は渡来人系と云うことも歴史上の事実で、韓国内ではロシアの植民地になるより進んで日本と一つに成ろうとの気運が有ったのも此れ又事実であろう。だから日韓併合は欧米強列が腕ずく力ずくでアジア諸国を奴隷化し鞭打って搾取したような 『植民地』 とは全く類を異にするものなのです。恐らく当時の日本人は 「日韓両民族にはもともと同じ血が流れているのだから朝鮮の人々は日本国民であり、彼らを支配者として扱わない」 と云うのが真実日本人の心情であったと考えるべきであろう。だから日韓併合で朝鮮の人々総てに日本国籍が与えられている。植民地ならば国籍は与えられる筈が無い。又、少し遅れて選挙権も被選挙権も与えられている。更に朝鮮の王である李朝一族は王公族として日本の皇室に準ずる扱いを受けている。此のような処置が取られたのも 「日本人もコリア人も同じ血を引いている」 と云う思いが根底に有ったからだ。だから今、北朝鮮が日本に対して 「過去の植民地支配によって朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えた」 などとの非難は当たらないし、又、日本が此の言い分を認めて謝罪するのは、とんでもない間違いであるとしっかりとした認識をせねばならない。

  北朝鮮の韓国侵略・朝鮮動乱
 昭和二〇年の日本敗戦によって朝鮮半島は戦勝の連合国によって三八度線で二分され南は今の韓国。北はソ連が支配する北朝鮮となった。この北朝鮮の首領がソ連共産党仕込みの金成日。今の金正日の父親。此の金成日は昭和二五年、南の韓国を併呑せんとしてソ連のスターリン・中国の毛沢東と示し合わせ韓国に攻め入った。此れが朝鮮動乱で有る。戦争は三年にわたり韓国軍四二万人、韓国民間人一〇六万人が其の犠牲になって今に至っても南北朝鮮は対立を続けている。此の北朝鮮の韓国侵略こそ正に 「多大の損害と苦痛」を韓国の人々に与えたもので、北朝鮮はそれでも一度も詫びず、又、韓国もそれを要求していない。そして日本に対しては北も南も揃って 「植民地時代」 なるものを持ちだしては 『日本は悪い・日本は悪い』と連呼している。此れこそ筋違いであり、根底には両国共に政治的思惑、所謂『脅せば謝り日本はすぐにカネを出す』 と嘗めてかかっているのだ。

 此処に小泉総理の平壌での 『痛切なる反省と心からお詫び』 表明を此の日韓併合の歴史を知ってか知らずか経済援助をする旨の共同宣言に調印して帰って来てしまった。所が拉致問題に対する国民の憤が予想以上に強く、国民のご機嫌を損ねぬ弁明に終始しているが謝罪と経済協力は完全に担保された事を忘れてはならない。『拉致が解決しなければ』等といって経済支援をしなければ凶悪な犯罪国家は何をしてくるか分からない。

銃口は完全に日本国に標準を合わせている。故に日朝平壌宣言は 『日本の凶事』 なのだ。無責任な借金大国を作り国家は破産状態に置かれているにもかかわらず凶悪国家の延命に手を貸し、国家の無防備な国防対策愁眉の急を要する時、 此れを捨て置き遊び戯れ、 謝るだけの愚行は最早救いようが無い。


  平成十四年十月十七日

 北朝鮮の核兵器開発報道を聞き怒り咽頭に達し、北朝鮮が悪夢醒め懺悔し 『普通の  国家』 に蘇生有る事を薄氷の願望を込めて執筆。 未明赤眼熱く急ぎ脱稿す。

                                                                   丸山三代次


  寶玉堂 経済研究所主幹
  こだま日本語勉強会会長
  東京証券外務員協会参与
  BBフォン 開発チーム
  アメリカンファミリー生命募集代理店



    参考記事
      小泉訪朝発表の三日前(八月二十七日)訪朝の手土産と囁かれる法案、 破綻した朝銀
       の受け皿【ハナ信用組合】に四千三百億円の公的資金投入『超法規的処置』が決定され
      ている。朝銀は朝鮮総連支配下の特殊金融機関で既に一兆円の公的資金 が投入され
      ている。 朝銀破綻の原因は元山港(北朝)と新潟港を年30回も往復している疑惑の
      『万景峰号』 大型船(9672トン)によってダンボール箱にぎっしり詰めた多額のカネを
      金正日に献金を続けた結果と云われている。 実に核開発援助資金として国民の血税
      をつぎ込んでいた。(写真参照)



首脳会談を終え金正日とご丁寧に         悪名高い万景峰号       両首脳の署名入りで結ばれ
も両手で握手を交わす軽率な小泉     朝銀の金はこの船に乗って     た不用意な『日朝平壌宣言』
総理                        金正日の本に送られていた     この署名が日本の凶事だ。



 アーミテージ米国務副長官が北朝鮮の核開発状況を小泉首相に伝えている。(八月二七日) ブッシュ大統領が日米首脳会談に於いて「北朝鮮は核を開発しているから国交 正常化を急いで金を渡してはいけない」と総理に釘をさしている。(九月十二日)  ケリー国務次官補が訪米中の橋本龍太郎(元総理)に「動かぬ証拠を北朝鮮に突きつけたらついにその事実(核開発) を認めたと話していた・・・」 と。

 

日本の経済危機は回避できるか

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時40分5秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
       【日本の経済危機は回避できるか】



今、某所で『日本国経済は数年の内に破綻のパニック現象が起こる』と警鐘している。

 日本の借金は平成に入ってからバブルが破裂し崩壊し、株と土地が大暴落し、喪失した総資産は一千四百兆円とも云われ、不況街道をまっしぐらに突き進み続け、政府は景気対策の美名を以て景気回復の為の公共事業のバラ撒き対策を実行した。

 公共事業とは政治家の利権稼ぎの道具として利用されるだけで決して景気回復の根本治療では無く無駄使いが多すぎる。地元業者を喜ばせ、際限のない大盤振る舞いはエスカレートさせ、其の結果、国の借金を一層膨れ上がらせ、アッ!と云う間に国債・地方債を含めて六百六十兆円と気の遠くなるような額に膨れ上がって仕舞ったのだ。特殊法人などの隠れ借金を加えると総額は既に一千兆円(或る学者は一千三百兆円)を越えていると云う。

 此れ無責任な政治家が此の破壊的な返済不可能な限度を越えた大借金を作って仕舞い返す為に又借金を重ねアンコの様に其の残高は益々増える一方。此れ “借金地獄” と云うのである。此の借金地獄の重圧は最早や国家財政を押し潰す所まで来てしまっている。

 馬鹿な政治家や実践を伴わない経済学者の中には『六百六十兆円なんか大した事はない』『日本の借金は外国から借りている借金ではないから問題ない』『景気が良くなれば増えた税収で返せる』と阿呆みたいに楽観説を嘯く輩がいるが、此れ国民をたぶらかす空言・謀りで、無責任この上ない輩である。

 沈着・冷静な外国人は冷厳な目で現実を容赦なく評価し、「ムーディーズ」は二〇〇一年九月六日に『日本の国債を格下げの方向で見直す』と発表し、其の実施については「近々中」と観測されている。
「S&P」も二〇〇一年九月十一日に見直し発言をした後、十一月二十八日に格下げを実施。理由は小泉政権による抜本的な構造改革の実施に向けての法的整備の遅れを挙げ、更なる格下げを示唆し“ネガティブ”(弱含み)とした。これはチリ、スロベニア、台湾と同じ水準で、主要七か国(G七)中で、イタリアと並んで最低ランクになって仕舞った。

 既に欧州系の「フイッチ」も『AA+』から『AA』に格下げし、日本の信用力は更にぐんぐん低下して来ている。此処に囁かれる『キャピタル・フライト』の危機 “もう日本はダメだ” と円をドルに換える日本投げ売り競争が既に今、現実の円安傾向となって顕著に現れ、今後想像も付かない極端な暴落に見舞われる可能性が高くなって来ている。当然国債は大暴落を演じるであろう。そして長期金利は大暴騰のドラマが
開始されてくるであろう。

一般国民は『国家が破産する事など有り得ない』と思い込んでいる。だが個人でも企業でも国家でも、借金を際限なく重ねれば破綻する原理は同じで決して例外は無い筈だ。とりわけ国家の破綻は国民すべてを巻き込み奈落の底に突き落すから悲惨事である。

 日本の若手官僚の中には此のままでは確実に国家が破産すると憂えた『報告書』が密かに有志者仲間に出回り物議を醸している。一つは平成十二年五月、大蔵省の財政金融研究所が外部の学者グループと二年がかりで纏めた『一九九〇年代の我が国経済と財政金融政策』と云う報告書。

   もうひとつは、経済企画庁が同年九月に大学の教授等六名のチームで纏めた『財政赤字の経済分析、中長期的視野からの考察』と題する分析リポート。此の二つのリポートの結論はいずれも「このまま行けば国家財政の破局は避けられない」と云う深刻なものである。

 文中には「消費税を三十五%にしても日本国の借金をゼロにするには百年かかる」と指摘している。宮沢前財務大臣が昨年、三月八日の予算委員会で「日本の財政は破局に近い」とウッカリ本音発言を云った事があった。まさしく日本の財政状況は借金とGDPとの比率で論ずれば、戦争末期の昭和十八年当時と同じで、末期的症状に陥っている。

 然し、此の危機的状況を深刻に大問題化せずバニックに何故ならぬかと云えば、国債の発行で借金を重ね繕っているカラクリが此処に存在するからである。事業会社でも財務内容が悪化し、経営危機が訪れても、借金が続けられる内は騒ぎは起こらないのと同じ原理で、現実の国家財政危機を此の【国債】発行で資金調達しているカラクリ手品が騒ぎを起こさず回避され続けている魔法の杖なのだ。メガネを掛けて良く良く見ると発行する国債債券こそ引き受け者への恐怖の借用証書なのである。

 大蔵省が国債をジャンジャン印刷し発行さえすれば借金はいくらでも出来る。だから無責任な政治家は打ち出の小槌と思っているのであろう。

   然し市場原理から云えばこれほど乱発された国債は何時紙くず同然になるかわからない。だから本来なら暴落して当たり前である。所が此の危険な国債を買う者がいる。其れは誰かと云うと銀行・生保等の機関投資家や郵便保険・簡易保険などの積立金を吸い上げている財務省の資金運用部なのだ。実に国債の九十四%がこれらの機関に吸い上げ(02年度の郵貯・簡保の購入額約30兆円)られているから現時点では大きな騒ぎが起こって来ないのだ。然し銀行等は何も好き好んで買っているのではない。

 他に資金運用の方法が無いから消去法で買っているに過ぎない。だから長期金利の上昇など状況が変化すればすぐに売却してくる。現在はどこの銀行も横並びで「皆で渡れば怖くない」とばかり買い上げているが内心はビクビク怖いのが本音であろう。此の怖さの中で辛うじて均衡が保たれているのが現状なのだ。

 従って誰かが「もう危ない」と言い出したら恐らく一斉に買いの手を引っ込め逃げ出す者が続出するであろう。実際に外人投資家の大量売りを浴びて、一時国債の利回りが急上昇し  すわ一大事  と関係者をヒャッとさせた時が有ったが、綱渡りの日本経済の均衡が限界を越えつつある事を熟知した冷静沈着で嗅覚の強い外人投資家の売りだけに、恐怖をそそられ慌てたのであろう。否、本当に キャピタル・フライト だったのかも知れない。

 仮に一斉に皆が売りに回ったらどうなるのか。国債は完全に暴落し『未達事態』が発生する。『未達』とは新発国債の入札に於いて募集総額に対する応札総額が達しない状態の事で、政府が国債を発行してもさ
ばけない事態の発生を云う。此のとき国家の借金は完全に断ち切られ、予算編成は出来なくなり、破産に突入してしまうのだ。勿論、回避のため政府は日銀に国債買い指令を発するであろう。此の『買い指令』国債の引き受けは戦時中に一度だけ苦し紛れに行われた経緯があったが国家経済を破滅に導くから、その後においては『財政法』によって禁止されている。日銀は輪転機をフルに動かせば幾らでも一万円札を印刷出来る。

 此の日銀が国債を買うとなったら無制限に買うことが出来る。然し経済は破滅してしまう。だから『財政法』で禁止されているのである。

 所が本年三月十九日、日銀は金融の量的緩和に踏み切り、十二月十九日にも国債買い入れを月六千億円から八千億円に増額を決め一段と量的緩和政策を拡大してきた。これはやがてなし崩しに「国債引き受けの伏線」と思われる政策の一環であろう。此のことが深刻に理解され表面化する時、国家の信用は国際的に崩壊し、物価が一年に何倍にも跳ね上がる ハイパーインフレ を起こしてくる。そして想像もつかない企業倒産・失業者は巷に充満しパニックが発生する。其の前に此の危機的状態を回避する術は最早無く国家の破産は回避不可能状態と云っても過言では有るまい。本当にもう此処まで来ているのだ。

 国債の発行も無理して三十兆円に抑えた国家予算は、国家の借金を減らすのではなく増やす限度額を三十兆円に抑えたに過ぎず破壊的な六百六十六兆円の大借金に上積みされて行く。借金が増え続けるて行くことに少しも変化はない。くどいようだが既に日本の借金財政は重みで耐え切れない所まで来ている。均衡を続けている国債はいつ暴落するか分からない。

   この暴落現象が起これば完全に国家破産の引き金となる事は論を待たない。史上最低の金利下であっても国債の利払いは年間十兆円。一般財政は国債の利払いと償還だけで破綻してしまう。

 平成十三年度の税収は年間五十兆円(新年度は四十七兆円?)しかなければ誰が見てもやって行ける状態ではない事がわかる筈だ。仮に五十兆円の税収で一千兆円の借金は到底返済出来る額ではない。家計に置き換えると年収五百万円の人が一億円の借金を背負っているのと同じで返済どころか、利息も払えず、完全な破産状態だ。

 銀行の不良債権処理も『十一兆七千億円を二~三年のうちに処理する』と云っているが此の数字は大手十六行の不良債権だけで地方銀行・信用金庫まで入れれば百五十一兆円にも上る。十一兆七千億円を処理しても少しも抜本的解決には成らない。国債発行三十兆円の抑制と不良債権処理だけでも相当な痛みを伴い不況を増進させるだけで解決策に有らずだ。

   財政悪化と景気悪化の同時進行は株式相場の下落が示しながらも国民は、小泉支持をしていればなんとかなると勘違いしているのだから始末が悪い。倒産・失業が益々激増し、痛みが我が身に降りかかって来て始めて、現況の非常事態を深刻に受け止めるのでは甚だ情けなく無神経過ぎ心配でたまらない。

 金融再生法(98年10月) 以降破綻した第2地銀6行、信金21、信組77に上り、本年10月以降は毎週末の様に破綻が表面化し、その速度は再編、統合を含め更に加速するであろう。

 竹中経済財政大臣が「今の痛みに耐えられなければその先は死だ」と云っていたが大衆は国家破産の深刻さを実感していない。小泉内閣の改革路線の旗を下ろせば “国民の支持を失う” と突き進む現政治の無責任な改革路線は既に“進むも地獄”“退くのも地獄”・・・。

 新潟鉄工所の倒産はこれから愈、大企業の倒産ラッシュの進軍ラッパの走りを連想する。リストラは一段と大規模に断行されよう。街には失業者が溢れ出てくるのが目に見えて肌身に感じ身が凍る。

 日本国は資源を買い入れそれを加工し外国に買ってもらってその利益で国が成り立っている 『貿易立国』 だが現状は貿易黒字がどんどん減少し、間もなく赤字にならんとして来ている。其の訳けは、まず日本人の人件費の高さと加えて大企業が工場を安い中国などの海外に移し国内工業の空洞化が増大した事。更にはユニクロ製品に見る如く中国の安い製品が雪崩のように日本に入り、加えて輸出先のアメリカの不況で売るものは売れず黒字幅は急速に失速縮小し始めている。失業率は史上最悪の五、四%。来年は七%を越えると云われている。不況は益々深刻化して行き誰にも止められない。溜め息は胸を突き刺す・・・・・。

    嗚呼! どうしたら此の窮地を脱出できるのか・・・・・
      嗚呼! どうしたら此の泥沼から脱出できるのか・・・・・

           国の将来と証券市場を憂いながら・・・・・



      平成十三年 師走月 脱稿





                           寶玉堂 経済研究所
                                             主  幹  丸山三代次
                             (東証ペンクラブ会員
 

世界的な株急落、金融危機、

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時39分0秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
   世界的な株急落、金融危機、
   証券救済機関を探る


             (平成二十一年二月二十六日 脱稿)



                              東証ペンクラブ  丸山三代次

 日経平均株価が二月二十四日、昨年十月につけたバブル崩壊後の安値を一時下回った。 米国発の金融危機とは縁遠いともいわれてきた日本経済だが、とっくに対岸の火事ではなくなっている。 株式市場が発する警告に一段と耳を傾けるべきである。

 日本の株安は、一義的には米国の金融危機が混迷度を増し、米国株が下落していることが原因だ。 ダウ工業株三十種平均は、一九九七年以来ほぼ十二年ぶりの安値をつけた。 今月発表した米金融安定化策は具体性に乏しく、株式市場の失望を買った。 米政府は景気がさらに悪化した場合、銀行が健全な財務内容を維持できるのかの査定に乗りだしている。 必要な追加資本額を把握するために不可欠とはいえ、銀行の新たな経営危機が表面化するのではないかという不安が市場に広がった。

 市場が疑心暗鬼 なのは、企業倒産の急増や住宅関連融資の焦げつきで、米銀の経営が想像以上に悪化していることが分かったからだ。 資本不足の懸念でシティグループの株価は先週、一ドル台に下げた。 体力があるとされていたJPモルガン・チェースも、資本を温存するために四半期配当を八十七%減らす。 ダイモン最高経営責任者は 「異例の時期には異例の措置が必要」 と述べている。 もっとも、日本の株安は単に米国株が売られたからではない。 米金融危機が世界の実体経済を一段と圧迫する懸念が強まっているからだ。

 米国内では 銀行が融資に依然慎重だ。 貸し渋りが倒産や消費の減退を招き、銀行の経営悪化に拍車をかける悪循環は進んでいる。 米景気の悪化は対米輸出に頼る国々の景気に波及した。 公的資金の注入を受けた米銀が国内向け融資を優先せざるを得ず、米銀の資金に設備投資などの原資を頼ってきた新興国の経済を圧迫するという指摘も増えている。

 日本の経済は 輸出に依存している。 輸出する製品も欧米に比べると自動車や電気機器などの高価格品が多く、消費者が節約志向を強めた影響をもろに受けやすい。 輸出の調整を補うべき内需も、人口減という構造的な問題を抱えて振るわない。 政府や金融当局の課題は多い。 目先は、貸し渋りに収入の減少が重なって悪化した、企業の資金繰りに目を配ってほしい。 外需が期待薄なだけに、長期的に内需を高めていく構造改革型の景気対策も急がねばならない。 コスト削減や統合などの守り、さらに海外企業の買収といった攻めに動き出した企業は多い。 本来民間の努力を支えるべき政治は、スピード感があまりにも欠けている。

 政府・与党は 年度末を控えた株安に歯止めをかけるため、 銀行等保有株式取得機構の機能拡充や新たな株式買い取り機関を設立することなどを検討しだしていると報じた。

 河村官房長官は、日銀が株式買い入れを再開し、取得機構の買い取り再開を可能にする関連法案が国会で審議されているとした上で 「これ以外に株価に対する一般的な対策がどうあるべきか、さまざまな観点で与謝野大臣の下で検討が始まっている」 とし 「株価の低迷に対して経済の底割れが起きないことが大切だ。 そういう視点で政府としても取り組んでいきたい」 と語った。

 日本経団連の御手洗冨士夫会長(キヤノン会長)も二十三日の定例会見で、低迷する株価について「かつてやったような株式の買い取り機構を作って、公的資金で買って株価を維持すべきと思う」と述べて株価対策に言及した。

そこで、証券恐慌の到来と言われ、過剰株式吸い上げ救済機関 『日本共同証券』『保有組合』が誕生した経緯を振り返り見るのも何かの参考になるのではないかと秘話を交えて執筆してみた。



 日本共同証券誕生

 昭和三十九年一月二十日、興銀を始め十四銀行四証券の共同出資の株式買い取り機関、日本共同証券は資本金二十五億円(同十一月には三百億円)で設立され、日銀資金の裏付けもあって約一年間で一千九百五億円強の株式を吸収した。 このテコ入れ効果は国際収支の改善に支えられやや戻したが、三月には公定歩合引き上げと企業の業績悪化や投信の大量解約がつづき日銀の本腰入れも効果なく政府は慌てて緊急総合対策を打つて出たが逆転した市況は焼石に水となって管理相場の様相を呈してしまった。


 この頃の惨状は一口に言って恐慌そのものであった。 その原因は岩戸景気の反動で

  (一)投資価値の減退、
  (二)株式需給バランスの破壊、

(三)証券業者の不況抵抗力の喪失、

等が絡み合ってきたと考えられる。 設立の裏工作は前年の夏ごろから全くの極秘裏に興銀の中山頭取を中心に富士銀の岩佐頭取、三菱の宇佐見頭取の三氏と大蔵省の加治木理財局証券部長等であった。 当然、かっての日本協同証券設立時をだぶらせて興銀主力の協議が展開され現時の条件に修正して基礎をまとめ証券界人とは一切の相談・折衝は遮断しての完全な極秘密談の中に設立基盤は出来上がった。 そしてこの共証計画を絶対のものにするにはどうしても日銀資金の裏付けが必要欠かせぬ存在で、当時の佐々木副総裁に根回しをし、了解を取り付けてから始めて証券界と接触があったようである。

 当然証券界は銀行主導の機関構想に不快と警戒論が涌出し、時の池田総理大臣も消極的だとのウワサを聞き証券界独自の機関設立を検討しだした。 具体的に資金は当時の限度いっぱいの百億円を頭金としてこれを見返りに金融機関から五百億の融資を得てのテコ入れ保有組合構想であった。(株式会社ではあまりにも共証に対して挑戦的との配慮)この構想は直ちに日銀へ働きかけを開始し、共同証券の限界と警戒論を訴え第二陣のテコ入れ機関設立実現に動きだした。

 一方共同証券の活動は社会情勢の実態悪を深め、色々な流れが絡み合い複雑な苦難の展開となり線香花火ににも似た役割に終始してしまった。 更にこの苦難の共証の動きに水を差すごとく翌々三月には公定歩合の引き上げで売り物が覆いかぶさり山際日銀総裁は慌てて野村の瀬川社長に「資金を出すから株価安定に協力してくれ」と要請してきた。  しかし銀行主導の共証と日銀の引き締め強化に強い不快感を抱いていた瀬川氏は「株価は下がっても戻れば好い、もっと売り込ませてから相談しょう」と虚勢?を精一杯込めて答えたらしかった。 実情は金融引き締めの強行で証券界も産業界も完全に痛めつけられ足並みは揃う情況ではなかったのが現実であった。

 共証も所詮は民間証券で体質に限界があり、四回の増資で三百億円となり一千億円の市中借り入れ資金で買い支えをしたが銀行主導の素人機関の戦略は空しく壁に突き当たってしまった。 世論の批判は「管理相場」「引き締めのシリ抜け」「証券会社に対しての差別待遇」と悪評判の声高まり、三十九年十二月十日の参院予算委員会、同十八日の衆院大蔵委員会で共証に対して


    一、日銀法違反ではないか。

   二、証取法違反ではないか。

   三、独禁法違反ではないか。


等々とあたかも存在意義を否定するがごとく鉄槌の質疑が飛び出し、中山頭取、三森共証社長の二人は苦しい答弁に追い込まれ「役所仕事ではやれないので、狙いはあなた方と同じである、只非常手段としてやっているのだ、目的を達成したら解散する・・・」との苦弁を述べ答え、すでにその機能は止まり翌年の四十年一月僅か一ケ年を以て業務をストップしたまま使命は終わり買い支えた株式は凍結し、その後五年をかけ序々に放出を終え、四十六年一月末に解散し、残余財産は同年二月一日発足の「日本共同証券財団」に引継がれ公債金融、企業金融などに役立つ機関に変身したのである。



  保有組合誕生

 過剰株式の吸い上げテコ入れ機関共証は三十九年一月設立当初から証券界の首脳部から悪評を買い実質一ケ年で活躍期の幕は閉じ変わって四十年一月保有組合は誕生した。

  共証設立前後から証券界独自の自主的機関の計画は先述の構想で設立に向かって動き出し、こちらも極秘裏の密談は回を重ね井上東証理事長、谷口日証金社長(共に元日銀副総裁)高山日証金副社長(日銀出身)は経歴を生かし資金源は日銀をあてに幹部への打診を開始していた。

三十九年九月井上理事長は山際日銀総裁から承諾を得て十月、田口東証副理事長、高山副社長にもその構想を話し十一月には、高山氏は日銀首脳幹部と再三会談を重ね業界が一体となって不況打開にあたるなら全面協力をする旨の意向を日銀から取り付け十二月、瀬川東証議長を交えて高山、谷口会談で推進責任者は井上理事長でやる事を決定し、四社の副社長を交え綿密な機構試案のまとめに入った。 この頃の会合は総て秘密保持のため転々と場所を変えての推進であった。

 そして日銀副総裁からも同意を取り、大蔵省の松井直行証券局長、加治木俊道財務調査官、石野信一次官までの了解も取り、宇佐見三菱銀行頭取が山際総裁に変わって就任(十二月十六日)引き継ぎ事項としてレールのまま動いてくれたので即座に中間関係者への説明に入った。 この頃から一部の新聞記者がかぎつけ報道し始めてきたので急ぎ詰めにはいり規約をつくり大蔵省の指導を受け設立趣意書の草案を作成し提出した。



趣意書には

(一)大蔵省の指導をうける事、
(二)清算時の利益の半分は公共目的の為保留する事、


などの条件を特記させられての提出であった。 その日は年の瀬迫った十二月三十一日大晦日、最終決定をしたのである。 この日の朝、石野次官、松井局長が先立って当時大蔵大臣だった田中角栄の私邸へ報告に行き、続いて井上、瀬川、福田、田口各氏が訪問し了承を得た。 この時、田中角栄大蔵大臣に資金枠二千億円と言ったら「なかなかうまい事を考えたな一兆か二兆円をつくれよ」と独特の角栄節が飛び出し即決決断されたのである。



 宇佐美新日銀総裁からは「今回が最後の対策のカネだ、これは証券会社救済ではなく公共目的のカネだ、市場は自律価額にもどってほしい業界はここで体質の改善をしなきゃいかん・・・ 日銀には逐一報告は怠らぬ事」との注文も付け加えられていた。

 明けて新春四十年の正月五日、東証会員懇談会後、正式発表し十二日に保有組合は見事誕生したのである。 まさに “義士の討ち入り” の時のように隠れ隠れて隠密行動の密議を凝らした涙ぐましい先達たちの尽力の結晶の船出でもあった。 表向き日証金の借り入れ資金としていたが、その背景はすべて日銀資金であった。 「鬼に金棒、渡りに舟」 最強の味方の後ろ盾での出発で、しかも業界プロの機関誕生であった。

 過剰株式の吸い上げはすべて「バイカイ」(売りと買いを同時に出す)をつけるいわゆる「肩代わり」で二千三百二十七億円強を一気に吸収したのである。 しかしこの時の地合い事態はけして甘くはなく五月に山一事件が表面化し取り付け的な様相の投信大量解約や不安人気は証券恐慌のヤマ場に入ってきた。これこそ後になってかえってカラ売りが増え自律反騰のキッカケとなり、日銀の特別融資の実施やそれに符節を合わせるように引き締め政策の大転換が発表され、反騰相場の舞台装置が絵に書いた様に形成されて来たのである。


 そしてこれを期に保有組合の使命は完全に大成功の偉業を歴史に残し、経済大国ニッポンに躍り出たのである。 この成功を収めた保有組合の業者分の手持ち株も翌年には売却、投信分も四十四年始めには完売し目的、使命は完結され、その年の一月十一日解散した。

 勿論、発足時の約束、余剰金の半分(二百五十億円)を「資本市場振興財団」に移し資本市場育成の為の基金にしての解散である。 財団の基幹資産は十一社の証券会社によって構成され十五年間の運用を経て帰還し、業界の発展に貢献した事も言うまでもない。  此処に登場した人物たちは皆、兜町を支え将来を憂いて業界の為、体(からだ)を張って尽くしてくれた偉人であり、忘れる事の出来ない武将達だ。



今、心を鎮め、耳を澄まし、政・財・官・にアンテナを廻らし、憂国の騎士の嘆きを探ると、泥沼経済再生の秘策を密議し実践を迫る救世主が現れているとも聞く。政府の論議を重ねた法案も浮上している。すでに証券業界重鎮との意見調整中との噂も耳に入ってきた。 全世界を覆う経済危機の救世主は誰か・・・ 今こそ日本国の底力を全世界に示す良い機会かも知れない。小生は其の日が来るのを楽しみにしている。



                         寶玉堂経済研究所 主幹



 爺は皆様に考えて戴き儲けて貰う。其の為、此のメッセ-ジを送り続けているのです。
 

報道記事を見て将来を憂う

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時37分22秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
     “時の話題”

  報道記事を見て将来を憂う

                                    丸山 三代次

 日本の国内に亡国を感じさせる地殻変動がさまざまな分野で形を変えて起きてきてい
る。その中の一ついま日本国中に渦巻きつつある政治不信や腐敗堕落ぶりはまじめな多
くの優秀官僚の姿は影に隠れ目に余る事ばかりが表に出て話題を醸し出している。恐ら
く今の官僚制度ができた明治維新以来、体質は違えども中央・地方を問わず初めてでわ
なかろうか。

 官僚の世界は上司や自分の応援する派閥の政治家にはペコペコするが部下には異常な
までに威張り散らす官僚が掃いて捨てる程いるようだ。そして闘争心強く、ライバル官
僚が提案したことに対しては、良い事と分かっていても妨害し、予算が認められ途中ま
でやりかけた事業でも独断で中断してしまう幹部までいるとの事、全く驚きである。そ
の上、省庁を越えての権限争いは際限なく中でも郵政省と通産省の争いは各種新聞の報
道以上に  烈で「通産省」と聞くだけで「何があっても妨害しろ」と言い出す幹部も
いるようだ。

 地方自治体は官官接待や、カラ出張に、東京都を始めすべての都道府県職員は国民の
血税を自分達の飲み食いに使っていたと言うのだ。

 この行政監査をしている連中がこれまた官官接待を受けているのだから驚きである。
秋田県知事が責任を取って辞任なんて当たり前で、全国の知事も同罪であろう。この腐
敗・堕落は地方より中央省庁の方がもっと根深いと言うのである。大蔵省は東京協和と
の癒着や住専で馬脚を現し、通産省は石油卸商の泉井マネ-でその堕落ぶりを天下に見
せつけた。そして全国民の憤激の的となった厚生省は薬害エイズで血友病患者を食い物
にし、老人福祉までも食い物にしていたことが発覚し省内はガタガタ。この厚生省を立
て直す最後の切り札として登場したのが岡光事務次官だったが、これまた賄賂を受け取
った事がわかってしまった。この事務次官は業者と結託して現金、ゴルフ会員権、自動
車、マンション、海外旅行などの供与を受け、老人福祉の為の補助金を業者と分け合い
受け取っていた。その額はほぼ一億円。全部国民の血税である。

 更に橋本総理、小泉厚生大臣、三塚大蔵大臣たちは逮捕された小山容疑者と深いつな
がりのある人物が関係する二つの業界団体と政治団体から多額の献金を受け取っていた
ことまでその真偽は兎角としてスッパ抜かれてしまった。しかも橋本総理は岡光事務次
官の部下の茶谷前課長補佐(小山から数千万円を授受逮捕)が総選挙で自民党公認候補
として埼玉で立候補したとき応援演説に出向き「茶谷氏は福祉のプロ」などと持ち上げ
ていたのである。

 腐敗は底無し沼だ。一体誰を信じたら良いのか国民の思いは疑心充満状態になった事
であろう。日本の腐敗の構造は政治家と官僚と業者の癒着から成っているがこの三者の
中で最もズル賢く悪いのが政治家と言われても反論できまい。 彼らは国家に責任を持
つべき重要な立場にありながら、自分の利権とボストしか眼中に無いのか。政治家では
なく政治屋に成り下がっていると思わざるを得ない。だから企業献金廃止の声は共産党
から出ても、その他は言葉少なくボソボソとしか聞こえず、心の中では「企業も社会的
存在」「金を貰って何が悪い」「適法に処理している」と開き直っているのが実状では
ないだろうか。

 企業から金を貰い、許認可権をもっている官僚を動かし、企業の利権を計り国民の血
税を分け合い受け取っている実態を全国民が怒り、騒ぎ出した時を思うと背筋がゾ-と
する。国の秩序は信によって成り立っている。もし政治家が全国民から信を失ったら国
家はどうなるのか。国家・社会は一見頑丈そうに見えるが一度崩れ出したら大変だ。現
実に日本の崩れ出す姿を喜び、その隙間を虎視  と狙っている国は多い。ちなみに国
外を見て見よう。

 領土と資源を巡る紛争の火種は、日中、日韓共に深刻になっている事は周知の事実で
ある。台湾問題も対岸の火事では収まらない。ちなみに平成八年度の国際緊張に関する
資料と新聞に報道された隣国の緊張情況、一発即発の危機がいかに凄まじいか、爆発し
たらどうなるか今年一年の動きを見るだけで充分一考に与えするのではないかと資料の報道
日と要点をここに記して見た。

一月 四日:  台湾、台北の六基地に新型地対空ミサイル「天弓二型」を配備す。
一月 九日: 中国の軍事演習は台湾進行作戦の準備と報道。(産経)
一月十七日: サッチャ-前首相は台北で「台湾は中国の脅威に対抗して米国製
          の戦闘機F十六の導入を急げ」と公演。
二月  八日:  ロシア、北朝鮮に対して朝鮮半島有事の際の軍事介入を提案。
二月  九日:  韓国、日本政府の「竹島は歴史的にも国際法的にも日本固有の領
            土」との発言に猛反発。
二月十二日:  韓国政府、国民の反日感情を煽り各地で抗議集会を開く。
二月十五日:  韓国、竹島近海で大規模な軍事演習を行う。
二月二四日: 関東上空に正体不明の火球発見、目撃者相次ぐ。
三月  六日 : 中国は台湾近海でのミサイル発射は対日牽制の意図を含むと発表。
三月八日~十五日:  中国、台湾南北二ケ所の沿海海域でミサイル実弾演習す。
三月十一日: 米国、ベトナム戦争以来の大艦隊を台湾海峡に派遣。
三月十一日:  中国の銭其深外相「台湾は中国領土でありアメリカの保護領では
             ない」と激しく抗議。
三月十二日~十五日:  中国、台湾海峡南部海域周辺で実弾演習を行う。
三月十六日:  中国、米の艦隊集結に猛反発。
三月十八日~二五日:  中国、陸海空三軍合同演習を台湾海峡北部海域で実施。
三月二六日:  韓国、竹島に本格的な埠頭の建設を開始する。
四月  九日:  韓国国防研究院が「現在、北朝鮮が保有しているサリンをソウル
           上空に四、五kg撒いただけで四分以内に、一千万人の市民の大多数が
         死の危機にさらされる」と警告。
四月二三日:  中国の江沢民主席、自民党訪中団を相手に激烈な対日批判をする。
五月十五日:  中国政府、全人代大会で  諸島の領有権を主張。
六月  三日:  NYタイムズ東京支局長のニコラス・クリストフ氏が朝日新聞に
           寄稿して「中国の日本に対する敵意は深刻」と指摘。
六月  八日:  中国、核実験を強行。複数の核爆弾を同時に爆発させた。
六月  九日: 「フランスの核実験は東アジアに直接的脅威にはならないが、中
           国の核実験は重大な脅威でその対応を急ぐ必要がある」と、同 じ欄
         に「北朝鮮も対話は対話で戦争は戦争で対応する準備が出来ている。
         戦争が起こればソウルは火の海になる」(朴英 ・ 代表)と韓国を脅かした
         経緯を明かし、更にコメ支援と軽水炉支援を要請した米国との会談の席上
         では日本を射程内におさめた核ミサイル四発を保有している事実とこ
         の要請が受け入れられない場合には韓国や日本の多くの人民が四発の
         核ミサイルの犠牲になるだろうとの趣旨の発言があった事が報道された。
六月  十日:   日本国政府・朝鮮半島有事を重視し 「日本攻撃の恐れ」 として
              組織的・計画的攻撃の可能性をはらむ重要事態とみなす方針を
         固め、米軍への後方支援処置の検討を急ぐ方針を固めた。
七 月 八日:  中国人民解放軍最高指導者、 華清・党中央軍委副主席が「現
          代艦船知識双書」序文に「強大な近代海軍建設が必要」と訴えた
          事が判明(産経)。テロ攻撃の実験らしき気球、先月に続き飛来す。
七月 十九日:  臼井日出男 防衛庁長官、閣議に平成八年版防衛白書を報告、了承
                された。文中、中国軍の動向に「注目する必要がある」と懸念を示
                し極東地域の不安定な要素を抱えている事に普及し同時に朝鮮
              半島の危機や紛争をにらみ米軍への協力の重要性を強調す。
八月  三日:  中国がロシアから導入する新鋭戦闘機スホイSU二七機の増強
                計画を発表。
八月  七日:  米国上院外交委員、前主席顧問で現国際学術研究員のウイリア
                ム・トリップレット氏は六月に二個の核爆弾を爆発させ、七月の
              核実験以後、凍結宣言した中国は過去に生物兵器禁止の国際合
         意や、核拡散防止条約を破った実例を示し「中国は簡単に再び
          破棄する可能性が在る」と講演。
十月  四日:   韓国の大統領は十月三日、武装工作員侵入事件など最近の北朝
            鮮の動向に触れて「末期的な症状を見せている北朝鮮の行動は
                深刻で重大な情況変化」と危機意識を強め二十四時間、徹底し
                た監視態勢に入っている事や、テロ対策に備えて単純な脅威で
               ないことを表明する。
十月 十日:   英国の国際戦略研究所は十月九日発行の年次報告「ミリタリ-・
            バランス一九九六-九七年」で北朝鮮は経済悪化にもかかわら
              ず韓国を攻撃出来る通常軍事力を保有していると警告し、更にご
               丁寧に弾道ミサイル「ノドン」(射程千キロ)は日本領土の大
               部分に到達出来ると指摘し、戦略的核能力も高めていると分析
                している事を報告書で発表。
十月  十日:   韓国の内外通信によると北朝鮮の最高人民会議の揚亨 議長が
            八日平壌で開かれた故金日成主席の高麗連邦制提起十六周年報
              告会で韓国への報復を明言し「決して口だけではない」と強調。
十月十八日:   韓国の安企報告では北朝鮮の千七百人の対南工作員と十二万人
                 を越す特殊部隊を保有し、更に海外のテロ組織要員の訓練強化
                によって軍事暴走することを警戒し、合わせて深刻化している貧困状
         態と、革命意識の薄れている保守主義がはびこり、犯罪の増加と金正
         日書記の非難の風潮が広がっている事を報告。
十一月三日:   中国調査船は日本側海域内で無許可で海洋調査活動を続け既成
             事実化を図ろうとしている。
十一月六日:   韓国は九月十八日に潜水艦で上陸した北朝鮮武装工作員事件で
             改めて強靭な体力を持ち、夜は氷点下の寒さにも拘わらず長期
                逃走に耐えた筋金入りのゲリラ戦士の戦闘力に驚きと警戒心を
                 表明した。
十一月十二日: 韓国の金東鎮国防省が十一日開かれた国会答弁で、北朝鮮の
           「ノドン一号」実戦配備の可能性十分と語った。
十二月二日:  江沢民主席が激しく対日警戒論を展開する。(産経)


以上は昨年の各紙の新聞報道や資料を月日に従って一部ではあるが要点のみを記して見
たが明らかに日本を取り巻く近隣諸国の緊張は戦乱機運の渦中と言って過言ではあるま
い。決して対岸の火事では済まされない情況で有ること想像以上である。しかしこれを
知り、これを悲しみ、憂うる賢い人は少なく、その策を知らない。直接、防衛のその立
場にいるソ連・北アジア関係の部署にいる外務省の或る職員は 「例え日本がどこかに占
領されたとしても侵略国にとってはGHQのように現体制を残して、そこから搾取する
ほうが効率的で、役人や官僚はそのまま残るよ・・・」と嘘ぶき、他人ごとのような話
しを宣う驚くべき知能の低さ、責任の欠如、的外れで自分達は残れると官僚独特の身勝
手な言葉を吐き、居直る態度、こんな男は別格であろうが、外国情報を収集し国家の安
全安泰を司る優秀な外務省は一体いかなる考えをお持ちでいるのか内外に  い  る気
持ちを捨て国防論を具体的に堂々と発表してほしいものである。

  この国際情勢の緊迫と並んで経済問題はもっと身近で深刻である。 今、国中挙げてバ
ブル崩壊後の日本経済の立て直しに躍起になっているが、財政赤字は国と地方で四百四
十二兆円超。先送りの隠れ借金四十五兆円超。財投融資残三百兆円超。国中崖っぷちの
サラ金地獄を連想させ打つ手もまま成らず、不倒神話は崩れ去り、醜態が目に焼き付き
国民の苦しむ声は広がるばかりである。

  景気は緩やかに回復基調とか、行革断行とか、色々のポ-ズは相変わらず叫べども砂漠
の水で効果は出て来ない。本気で回復願うなら起爆剤「相続税免除の特典付き無利子国
債・百兆円規模の発行」を実施し財政の再建を計って見たらばいかがか。これ急務であ
る。悲鳴は益々大きく断末魔となってからでは取り返しがつかなくなる。

 既に、響きに応ずるが如く大きな変乱、警鐘とも思える異変は激しさを増している。
ここに限られた紙面で多くは記せぬがその一部を抜粋し検証して見た。 平成五年は記
録的な低温・長雨・日照不足。戦後最大の冷夏で「夏が無かった」というほうが正確、
コメ作況指数最悪の「七四」収穫ゼロ農家続出の大凶作。米百九〇万トン緊急輸入。気
象庁の発表では各地で月平均気温や日照時間は最低記録を更新、三十度以上の真夏日も
数える程しかなく、台風の本土上陸数は観測史上最多を記録し被害も増大。異常気象で
梅雨明け宣言をやめると発表。地震も年初、伊東沖に八日間で千八百回あったのを始め、釧
路で負傷者四百人を超し、日本一の石橋と言われた鹿児島武之橋が集中豪雨で崩壊、倒
壊家屋一七〇〇棟以上、その他、土石流、豪雨、落雷、ヒョウ、火砕流、洪水、山崩れ、コメ
買い占め騒動、コメ泥棒の出没、そして大不況色一段と強まった年。  平成六年は打って変
わって記録的な猛暑、酷暑。灼熱列島そのものとなる。観測史上最高の猛暑。主要ダムは
軒並み枯渇寸前状態で断水騒ぎ、山火事多数。熱帯夜最多の四十四日間記録。真夏日は
合計五十三日。当時最大のミステリ-と騒がれた松本サリン事件のあつた年。

 平成七年は、記憶に新しい阪神の大震災が一月十七日に発生し大被害は今尚尾を引い
ている。そして気象情況は前年同様、記録的猛暑。中でも大阪と岐阜はインドのニュ-
デリ-をしのぎ、アフリカのリビアと並ぶ「酷暑」だった。真夏日が連続三十七日間と
これ又最高記録更新。熱中症で病院に運ばれた人も過去最高。異常高温で鉄道のレ-ル
が曲がり路線の枕木が自然発火した年。

 平成八年に入るや、一月七日、いきなり巨大イン石が関東地方に直撃落下。三月十三
日には、新潟県で早朝「四つの太陽」を観測。秋田県で夕刻「三っの太陽」を観測。会
津で「二っの太陽」が観測。三月末には「四百四十年ぶり」といわれた巨大すい星「百
武すい星」が出現。当初の予測を遥かに大きく上回り青白く伸びた尾が天空の三分の一
にも及び、尾の長さは地球と太陽の距離を上回る実に一億八千万キロにも達したとの事
。四月二十九日には、北陸から関東にかけての広範囲で、これまたはっきりとした「日
輪の二重輪」が観測された。岩手県地方では「太陽柱」が出現。天皇誕生祝賀会の全面
中止。

 そして平成九年、春には百武スイ星を更に上回る、超巨大スイ星が二年続けて、相次
ぎ出現する事になっている。これ只事とは思えない。年末年始の海外旅行者は過去最高
の六十六万人と報道されていたが、これいつまで続くのか〃思わずタイタニック号の悲
劇が脳裏に浮かんだ。

 かって天保の大飢きんの後には幕末の大動乱が起き、昭和九年の大飢きんの数年後に
は日中戦争・太平洋戦争が勃発している。平成五年の大凶作から一連のこの異常は一体
何なのか。財政は破局寸前、地球規模で飢餓迫る中、日本の食糧自給率は世界最低、朝
鮮半島の不穏は日々に増し、中国の脅威は月々に加わり、人心の荒廃は目に余る、凶悪
犯罪は相次ぎ、青少年は放   廃し、政治家・官僚の腐敗堕落は底知れず、国中欲と
憤りと愚痴で充満している。筆者はとても心配である。
                                              以上

  平成八年十二月二十五日  完筆す


追書
標題で本論の大意を訴え、国内の腐敗の実態でその内部要因を釈し、隣国
の国際緊張こそ外部要因である事を示し、人力の及ばぬ自然現象既にその
徴し現じている事実こそ将来の不安と結論づけたつもりである。
 

『国会議員にもの申す』

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時35分31秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
          夢らくがき帳

  『国会議員にもの申す』
 現在の政治に対しては強い不満と怒りを覚える。政治家とはとても言えず政治屋に
なりさがっているからだ。国民の税金は毎年40数兆円あるが、この膨大な税金が地
方に分散される時、利権が生まれ利権争いが生ずる。このとき政治屋はこの利権に群
がる。国のことより狙いは利権優先、ポスト優先、そして次の選挙の事ばかり考える。
だから中国に媚びを売り、北朝鮮に諂う。

 今ゴタゴタ問題を起こしたくない輩は、政治を安定させると嘯き肝心な問題を棚上げ
させ同じムジナの肩を持つ。中には中国・北朝鮮の手先かと思われるような売国奴も
いる。日本の将来を真剣に言葉に出す憂国士は見えて来ない。ただ人気取りの目先の
事に小細工を練り、己の懐の事ばかりを考えている。

 小渕首相のバラ撒き予算も国の借金を膨れ上がらせ、国と地方を合わせ“隠れ借金”
を加えれば恐らく700兆円を悠に超えて来ている筈。真の国家将来を考えればどう
して “打手の小槌”みたいに次々赤字国債を発行しバラ撒くことが出来るのか。一
般の家庭だったらこんなこと出来る訳がない。挙句の果てに “苦しかったらサラ金か
ら金を借りれば良い" なんて安直な事をすれば跳ね返りが怖い。借りは必ず返さなく
てはならぬ。借金して大盤振る舞いに興じ、景気風を吹っ飛ばせと叫び、 景気回復乾杯
では身が持たない。返済無しの借金乾杯ならそれも良いが、鬼の借金取りが追いかけ
「肝臓売れ」と責め立てる。

 然し鈍牛ブッチホンは返済60年の魔術を使い“我れ先のこと関せず"の腹づもりな
のか、ドンドン借金を重ね公共事業にバラ撒いている。“口も責任も軽い軽三”のツケ恐る
べし。

将来必ず総ての国民にツケが覆い被さり今の幼児子供たちが此の借金背負って大重税
で押し潰される。加えて少子高齢化の進展で到底膨大な借金解消は不可「螳螂の斧」
    (※ 「螳螂の斧」= 無力カマキリの斧 儚き抵抗 身の程知らず 向こう見ずの事)
国家財政破綻の憂き目は如何んとも拭い去れぬ。此の事、今の政治家先生皆承知で頬
っかぶりの大盤振舞い。選挙と利権あさりに狂すると云って反論なし。政治屋は百害
有って一理無し国会から去るべきだ。

 今の日本国には今一つ「責任」を持つひと稀薄く「国主」が不存在。鈍牛変じて利
権の大将では国家的視野を見失い見識ゼロ牛。国民の無智無力に付け込みニコニコ顔
でごまかしている。一般の家で借金重ね贅沢三昧すれば家は保てない。真剣に家の将
来を考える親父や主婦がいればどんなに苦労しても借金を減らす事に全力を尽くすの
が当たり前。身勝手な与党とだだっ子の野党の茶番劇に狂する姿は笑止千万成り。
 今、国中この責任を持つ人少なく心の貧乏充満。政治家も一国国民もみな将来を見
ず考えず“今良ければ楽しければそれで良し”と享楽しきっている。近い将来、必ず、
(*享楽=タイタニック号の沈没知らず遊び戯れる乗客の姿)国家財政は破綻する事あ
えて強言比喩を以て訴える。

 恐れながら昭和天皇は敗戦後間もなく、戦勝国最高司令官マッカ-サ-元帥に会い
「戦争に関する一切の責任は自分に有る・・・」 我が命はどうなってもいいから日本国
民を助けて呉れとのお言葉。 マッカ-サ-は“命乞い”に来たものかと思いきや天皇
の此のお言葉に感動(マ元帥回想記)。我が身を捨て国を思う責任感こそ『国主』な
のだ。今は亡き昭和天皇後、代わる今上天皇此れ然り。第147回通常国会開会式に臨み
  『国民の信託に答えることを切に希望 』 と国民を思うお心をお述べ遊ばれている真
意心肝に染むべきだ。

「民主主義・民主主義」 と云いながら国を食い物にする無責任な者多くては国を保
つ事不可、独裁国家も畏怖。企業も儲ける為には手段を選ばずバブルを生み出し崩壊
せしめ、凌ぎを削った弱肉強食の世界。根無し草の繁栄ひとたび揺らげば儚かなき露。
 「お受験」で良い幼稚園から良き小学校、選り良い中・高・大学校進学も、所詮は良
い会社の就職目的競争で会社に就職しムチで叩かれ、企業利潤追求の道具に使われ、
使かい終われば“ハイ其れ迄”の人生。皆おカネの為に一生を追い回され、気が付い
たら臨終人生空しく過ごす様哀れ。カネは生きる為の手段で目的でない。共産主義経
済も国民を奴隷のように使い、国家が富みのすべてを収奪してしまう危険な政治。

現在の農業も目先の金儲けに追われ、結果、農薬と化学肥料優先、 環境破壊不安は募る
ばかり。

 更に大きな不安は北朝鮮がテポドンで日本を脅迫している事。だがテポドンはまだ
実験段階。切実にもっと恐ろしいのは、既に日本列島全域を射程圏に収めているノド
ンミサイル三〇基が実戦配備を完了し標的 にしている事。金日成は日本から食料とカネを
脅かし取ろうと狙い、異常心理は誰にも計り知れず、何時発射ボタンを押しても不思議でな
い状況。中国は中国で香港・マカオの返還を完了し“次は台湾”と云っている。台湾は中国
領土だから統一は当然と高言し、李登輝総統の引退があれば直ちに台湾進行は愁眉の急。

この台湾の危機は即日本の危機。中国は尖閣諸島や沖縄も中国の領土と前々から主張し、
中国艦隊をたびたび尖閣諸島に接近させ領有権の主張をしている。仮に台湾への武力侵攻
が始まったら必ず尖閣諸島・沖縄に戦火が飛び火する事必定で日本は重大な危機に直面する。

 故に今上天皇は国会運営について「国民生活の安定と向上、 世界の平和と繁栄のた
め」と位置付け代議士を「全国民の代表」と仰せである。重ねて訴える『真底己を捨て国民の
信託に答える』此れ正しく国民から選ばれた国士、国会議員なり。


   平成11年  神帰月  3日

                                      寶 玉 堂      主 幹 
 

東海大地震を憂う

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時34分43秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
  東 海 大 地 震 の
     不 気 味 な 兆 候 を 憂 う


“アルゼンチンの大草原を何百万とも知れぬ
     トンボが空を暗くして飛んで行く”
“群れが飛び去ると決まって
            熱風が吹き始める”

 この奇妙な現象についてラ・プラタの博物学者は「不思議なのは何故トンボが風の吹いてくる前に風から逃れ去るかという事だ!」と言っているが動物や魚や植物、昆虫などは皆それぞれに不思議な能力を持っている。サケは三年か四年を海で回遊したあと産まれた川に帰り、渡り鳥は何千キロも飛んでも目的地を迷う事はない・・・。

 この超能力、奇妙な行動は数多くの人に目撃されているが、特に地震発生前の異変現象は通説化し、確かな前兆との因果関係は現段階では解明されてはいないが、平成七年一月十七日、午前五時四十六分に襲った阪神淡路大震災の直前にも多くの人達が目撃し体験し観測した様々な事例一五一九件をまとめた本が出版されていたので紹介し、既に必ず来ると言われている東海大地震の無気味な兆候と合わせ検証し、一分たりとも警鐘に値いすれば幸いです。

 以下の証言はいずれも弘原海清(わだつみきよし)岡山理化大学教授が「PISCO研究所」を発足させ、関東大震災級の大地震に備えて「予知」は可能なのか?と阪神淡路大震災直前の生々しい証言を集め編集したもので東京出版社から発行された「前兆証言1519」の普及版で、マスコミ・学界に鮮烈な話題を提供し
「地震予知」についての国民的関心と論議を喚起した書物です。

 この阪神大震災で実際にどのくらいの人が前兆異常を体験していたかを調べるため高等学校でアンケ-ト調査をした結果、被災地の中心部である神戸市内の高校では全体の約三〇%の生徒が前兆異常を体験しており、被災地から少し離れた淡路島の高校でも約一二%が前兆現象を体験していたのだそうです。

 しかも前兆現象の目撃・体験談のこの本への投稿は兵庫・大阪などの被災地だけでなく、北海道から九州に至る全国各地から寄せられており、このことから大地震の前兆現象が一般に考えられているよりも遥かに広範囲で観測されていることがわかり本当にびっくりした次第です。

 大別すると
(一)自然現象の異変、
(二)動物の異変、
(三)その他の三つに分類され、

目撃証言の件数は
(一)が全体の四割、
(二) が五割、
(三)が一割。

自然現象の異変は「空 や大気の異常」と「大地の変化」に分類され、「空や大気の異常」の中では最も多かったのが地震雲(四四%)続いて月の異変(二五%)以下、空の状態、発光、稲妻、朝焼け、虹の異変の目撃でした。 一番多かった地震雲も一般的に言われているものを大別すると二種類が有ると言われていますが一つは大地から黒い渦雲となって上空に舞い上がる竜巻状、巨大なすりこぎ状、爆破噴煙状など多様で、しかもこの渦雲は強く帯電しているため発光や稲光を伴う事が多く、又刺激的な化学ガスや強い熱も含んでい
るため人間や動物にも強い刺激やストレスを与えていたと言うのです。

 もう一つは、晴れた空にはほぼ水平に現れるスジ状の雲で、飛行機雲より太く、かつ滞空時間も長く消えてもまたすぐに現れるものが観測され、此に其の一部を抜粋し紹介させて戴きます。

   空と大気の異常
◆証言  「日頃より明石海峡を望むマンション八階から船舶を撮影しているのですが去年末から今年の地震の前日までのフイルムの中に不思議な地震雲が映っておりました。十二月二十五日以降、一月十六日までのいつとは特定できないのですが、淡路島北西端の野島灯台と海上保安庁の大阪湾運行センタ-の間に雲がかかり、北淡町方面に延びているのが気になりました。

飛行機経路はこれを直角に鉢伏山より西方にのびているので飛行機雲とも思えず当日撮影しました(神戸市垂水区・会社員)(写真参照)

◆証言  「地震の前日一月十六日午後四時過ぎ明石方面で発生したと思われる雲(またわ竜巻)を見た。あまりに不思議な雲でした。(神戸市灘区・主婦)(写真参照)

◆証言  「一月十六日午後四時四十五分頃夕景の美しさで有名な埼玉県狭山湖より富士山を写真に撮りました。前日は雲一つない見事な快晴でしたのに当日はすじ雲が後から後から涌いてきて思うような作品が撮れませんでした。これより十三時間後に阪神大震災が発生するとは夢にも思いませんでした。地震発生当日の十七日夕方大宮市より富士山を望見したところ、西の空より真上にかけ例のすじ雲は薄くなって広範囲に広がっていました。現在は全く見られません。朝夕の通勤の途中、電車の窓より冬の富士山を見ますがこのようなスジ雲は見たことがありません(川口市・男)(写真参照)

◆その他、ウロコ雲、帯状の黒雲、渦巻雲、いわし雲、ナマズ雲、直線雲、入道雲、V字雲、棒雲、などの証言もありました。

 このように地震の予兆として地震雲が発現す
る事はいまや定説になっているが関東大震災の
際(大正十二年)に観測された東京の上空に
『異様な入道雲』が現れ収められた写真をご覧
下さい。この雲は『赤黒く染まっていた』と言
いわれ大震災発生の直前に目撃されているので
す。(写真参照)

◆昨年三月二十六日の鹿児島県薩摩地方で起きたM6・3の地震の前日にも竜巻状の雲が目撃されています。藤井正行と言う人が福岡県内から鹿児島方面へ車で走行中『竜が天に昇っていく感じ』と感想を漏らし、この写真を弘原海教授は見て『典型的な地震雲』と述べているのです。(写真参照)

◆更に昨年三月三日から伊豆半島東方沖で発生した群発地震(震度五弱が三回、震度四を六回記録)の二十四日前には東京タワ-付近から伊豆半島の方角に同様の渦巻状の雲が目撃されております。(写真参照)

   月の異変
 地震雲に続いて異常現象が多く目撃されたのが月の異変で、阪神大震災の夜は満月だったのですが、赤・黄・オレンジ・灰色などの色の笠(一重から多重)そして複数個に見えた月、放射状の光を放出、光柱などが観測されております。

◆証言  「一ケ月ぐらい前の夕方、月が大きくてオレンジ色で、そのまわりに青色の輪がついていた。(神戸市長田区・主婦)

◆証言  「前日一月十六日の夕方六時頃、月の出の際に光柱が観測されました。これは写真にとりませんでしたが地震当日の朝(七時十五分)は自宅のベランダから太陽の光柱現象が見られこれは写真にとりました。(高槻市・高校教師)(写真参照)

  大地の変化
「空や大気の異常」に次いで、「大地の変化」も多く観測され、この証言数では地鳴りと前震、群発地震が多く、井戸水、海、涌き水、河川、異変と続いております。著者はこの変化に就いて「井戸水や涌き水の水量が れた、川や池の水が亡くなった、逆に水量が増えた、水温が上昇し、温泉が都心で涌き出した。雨も降らない
のに小川の水が突然あふれ流れ出した、といった変化が数多く証言されている。ここで注目すべきことは、これらの異常の中にはひと月程度この地震に先行して目立ち始めたことで、最も先行する宏観異常グル-プとして注目される」と述べているのです。

◆証言  「私と母はあの一月十七日午前一時頃、奇妙な音を聞きました。私達はいつものように布団に入りましたが、低音で遠くの方から聞こえてくる音が気になってなかなか寝つけませんでした。部屋のどこへ行ってもその音は聞こえていましたので方角はわかりませんが、とにかく無気味な感じでした。何か変だと思いな
がらも自分たちの気のせいと言いきかしていったん眠りました。午前五時四十分ごろ、私が目をさましました時、その音はまだ続いていました。母は何か起きるんじゃないだろうか気持ち悪いと言って布団の上に座っていました。そうこうしているうちに家の中のインコ三羽がカゴの中で狂ったように飛びまわって何事かと思っ
たとたんに、ゴ-ッと地鳴りが聞こえてきて、強く揺れ始めました。その時以来、あの変な音は聞こえません。(大阪市平野区・女)

 この女性の証言でインコが狂ったようになったと言っておりますが、自然現象だけでなく人間や動植物にも様々な前兆現象と思われる異変が多く証言されているのです。


  その他の異変の証言
◆例えば大地震の数日前から「犬・ネズミ・猫・カラス・スズメなどがパニック状の激しい行動を起こした」とか逆に「何か恐怖に震え自失状態になった」「姿を消してしまった」「モグラが路上を走り回った」「水族舘のイルカが乱れ狂った」「カラスが狂った様に鳴き叫び続けた」「ニワトリが一日中激しく脅えていた」「住みついていたハトが一羽もいなくなった」「カモメが人間を襲った」「巣にヒナ鳥を残し親鳥がいなくなった」「ボラの大群が川を跳る」「金魚が餌を食べない」「ナマズが暴れだす」「熱帯魚がおかしくなる」「季節外れのヘビが出る」「ゴキブリが動かない」「カイコが一列に並ぶ」「大きなミミズが出てくる」「朝顔が冬に咲く」などの証言が空の異変に匹敵するほど多く報告されているのです。

 又、人間にも地震の数日前から「激しい頭痛があった」「不安感が続いた」とか「夢」などの証言もあり「電波障害・電気製品の異常」も多く報告されているのです。

☆この様々な異様な現象を思う時、十一月二日号『週間読売』「“緊急報告不審な動き”『東海大地震』」と題された特集記事が俄かに現実味を帯びてくるのです。即ち、十月十一日に発生した静岡県御前崎の沖合二十キロを震源地とするM4・9の地震こそ『東海大地震の前兆』ではないかと・・・

 続いて十日後の二十一日には、静岡県中央部の川根町でもM4・9の地震がありましたが、十一月八日号『週間現代』ではこれを取り上げ東海地震の逼迫性を訴えているのです。

 更に注目すべきはこれまで地震予知報道を非難してきた朝日新聞までもが川根町の地震を、翌二十二日の朝刊で「プレ-ト境界 変化の兆しか」との見出しで警告を発しているのです。

 この御前崎の地震に就いて気象庁の吉田明夫地震予知情報課長は「M5クラスの地震が起きた事のない所でしたが、先月二十六日にも今回の地震の震源と全く同じ場所でM4・0の地震があり、明らかに御前崎が挙動不審な動きをしている。何だか変な気がします」と警戒をしているのです。

 科学技術庁防災科学技術研究所の岡田義光地震予知研究センタ-長も、東海大地震との関連を「御前崎はプレ-トの沈み込みの影響で毎年五ミリ程沈んでいる。六十二年の観測開始以来、現在まで二十センチほど沈降しています。ところが九十三年ごろから沈下のスピ-ドが徐々に鈍ってきている。

 多少のバラツキはありますが、明らかに鈍化傾向にあるのは間違いない、沈み込みはいつまでも続く現象ではありません。大地震が近付くにつれて、御前崎の沈下が鈍化し、やがて止まり、そして加速度的に隆起した際に東海大地震が来るとされていますから、それに沿ったシナリオで進んでいるのです。現在は、東海大地震につながる前兆現象の初期段階と見ていいと思います」そして更に「九十五年に入って駿河湾地域の発生回数がウナギ登りに増加しています。つまりプレ-トの破壊が起きる前に溜め込んだストレスを少しずつ発散させているのです。

 所が今年になってM5程度の中規模地震が頻発しているんです。もし近い将来、東海地震が起きて振り返った時、これが前兆現象の一つだったのかと呼べる現象かも知れません」とも言っているのです。

 東海大地震は海側のフィリッピン海プレ-トが本州のユ-ラシアプレ-トの下に潜りこんだ際に生ずる歪み、ストレスが臨界点に達したときに起こるといわれ、御前崎の沈下はこのプレ-トの潜りこみによるものだが沈下が鈍化し、中規模地震が起き始めたと言う事は、既に歪みは限界に近付いている事を物語っている証拠ではないでしょうか!

 力武常次東大名誉教授は一連の地震を「非常に薄気味悪い現象」と指摘し、東海大地震の監視に専念している溝上恵地震防災対策強化地域判定会々長は「顔つきの違う地震が短期間に連続して起きている。『顔つきが違う』と言う事はブレ-ト境界の近くで起きている。このプレ-トとプレ-トがびったりくっついている場所を固着域と呼びますが、そこは強力な接着剤で張り付けたようになっています。この固着域が剥がれて、ずるっと滑った後に東海地震が起こります。固着域の剥がされ現象がはじまっている可能性もあるのです・・・」と。

 若し、フイリッピン海プレ-トとユ-ラシァプレ-トをつなぐ固着域の『剥がれ現象』が本当に始まっているとすれば加速度的に『滑り現象』が始まり、大地震につながる事は十分可能性が高い筈で是れ『恐れ』ずにはいられないのではないでしょうか。阪神大震災の十数倍のエネルギ-を温存すると考えられる地震が本当に
東京を襲ったら・・・!「(過去に)事例が無いものは計算のしょうがない」(地震対策課)と言っておりますが、東海道新幹線はほぼ七分間隔で走り、東名高速道路が寸断されたり、都会には超高層ビルが建ち並び、道路にはガソリンを積んだ自動車がところ狭しと走り回りその被害を思うと身の毛がよだつ思いです。
此れ、取り越し苦労、いらぬ心配である事を只々願うのみです。        恐々謹言

  平成九年十二月三十一日



 本稿は、岡山理化大学教授・弘原海清氏より
 一部転載の許可と修正を加えて戴くと共に、
 筆者独自の取材活動を通じて執筆掲載した。



追考
平成15年7月26日宮城県北部を襲った地震は世界
観測史上例の無い2037、1ガル(破壊力)の地震だ
った。阪神淡路大震災は818ガルに比較して恐ろしい
い強烈な破壊力だった事が分かる。

 (注)停車中の車を10秒で一気に360キロの速度に
    加速するのが千ガル。
いかに凄まじいか地震の恐怖をまざまざと見せ付けさせ
られた。今、既に不気味な東海地震の予兆は専門の科
学者全員寸時に襲って来ても不思議は無いと意見は一
致し警戒を強め政府も其の対策に狂奔している。

一方無神経な極楽とんぼは対岸の火事程度と考え宜
しく為すすべを知らず遊び戯れ無防備である。

皆様はいかがかな?




  平成十五年七月二七日         寶玉堂



 

米・北鮮の核合意を憂い     安易な経済支援を糾す

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時32分42秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
  米・北鮮の核合意を憂い
    安易な経済支援を糾す

 米国と北朝鮮が核問題で合意した文書に調印した。その内容は北鮮が一方的に有利で
アメリカは、日本や韓国の安全など度外視し、クリントン外交の得点稼ぎで、米国のご
都合主義的合意ではなかったのか。

 韓国の金泳三大統領は「米国は妥協的すぎる、北に操られている、米国の交渉団は北鮮
への認識が不足し、協議の仕方は愚直かつ軟弱で北鮮政府を延命させるだけ」と痛烈に
批判していた。

 日本政府の対応は直言に価いする記事は見当たらなかった。ただ河野外務大臣は「こ
れは賛成できる内容」とニヤニヤしておったとの話が耳に入ってきた。 この合意文書
の内容を判り易く言えば、もし北鮮が既存の原子炉を廃棄することを約束すれば米国は
軽水炉を導入してやる、そして軽水炉の出来るまでの代替えエネルギ-として重油を十
年間分提供する・・・と。更に重大なことは米国はあれほど「核疑惑・核疑惑」と騒い
でいたにも拘わらず核の特別査察を向こう五年間は行わないとの事。また既存の主要核
施設も軽水炉が出来るまでの十年前後は解体しなくても良いとしているのである。

 これでは北鮮は過去の核疑惑を追及されることもなく「核」は厳然と存在することに
なるではないか。その上、北鮮が最も欲しがっている重油も供給され時代遅れの閉鎖的
カリスマ性を益々助長させ北鮮の思うままになるのではないだろうか。

 日本の将来は軍事的脅威に脅かされることで不安と混乱を増し、核時代に於いては人
類の存在そのものを揺るがす重大事である。群隣するアジアの中で北鮮の行動は正に脅
威意外にないのである。

 ところが日本の現状は何故か北鮮に位い負けしている。卑屈な朝貢外交しかできず相
手の顔色を伺い経済援助をし、ご機嫌を取る事しか考えていないと思わざるを得ないの
である。だから北鮮は威張って日本に貢がせ、そしてその金で軍備を更に拡大し威圧を
重ねてくる。

 この軽水炉の費用は四十億ドル。また十年分の重油が二十億ドル。合わせて六十億ド
ル(六千億円)もの巨額の費用で、しかもアメリカが出すのではなくアメリカ側は「日
本と韓国に出させる」と言っているのである。こんな不都合なことで良いのか?、北鮮
の核とミサイルの被害を受けるのは日本なのです。「ノドン一号」はアメリカには届き
はしない。被害を受けるのは、日本であり、韓国なのです。アメリカはこの最も大事な
核の査察を抜きにして「軽水炉の費用だけは負担せよ」と言うのである。しかも日本政
府は唯々諾々として「この負担に応ずる」と言っているのです。その上、自民・社会・
さきがけの三党はこぞつて「この米朝合意を機に中断している日本と北鮮との国交交渉
を再開したいといい中断している『季思恵問題』は棚上げしても良いとまで言い出して
いるのです。

 季恩恵問題とはあの大韓航空機爆破事件に関わった金賢姫に日本語を教育する為に日
本からら致されてきた日本人女性「ウネ」の事で、外務省はこの証拠をつかんでいるか
らこれまでの日朝交渉で「この問題を解決しなければ北鮮の賠償に応ずることは出来な
い」と主張してきたのである。

 これに対し北鮮は「この問題を持ち出すなら交渉を打ち切る」と言って席を立つたと
いう経過がある。それが今回は自民党・社会党・さきがけの三党揃って「季恩恵問題は
棚上げしてもよい」と言い出しているのです。加藤紘一自民党政調会長などは「佐藤内
閣は沖縄返還をやった。田中内閣は日中国交正常化をやった。現村山内閣では日朝国交
正常化をやろう」と言ってはしゃいでいるのです。なんでそんなに国交を急ぐのか、国
交が無くて困るのは日本ではなく北鮮でその北鮮は日本から金だけを取りたいのである。

 何も日本が慌ててそんな事をやる必要はないと思う。だが社会党やさきがけの首脳は
前々から北鮮とつながっている。また自民党は国交回復を手柄にしたい。そこで日本政
府は北鮮に「過去」の賠償・補償をして日鮮国交回復は何としても急いでやりたいとの
意図が伺える。そこに日本が北鮮に支援するであろう金額は軽水炉と倍償を合わせると
遥かに「一兆円」にも上ると言われているのである。

 今の政府ならこれをきっとやるに違いない。共和党の圧勝でアメリカ国内ですら「米
政府の許しがたい降伏で破棄すべき」と見直し論が浮上しているにも拘わらず強く批判
していた韓国大統領と村山総理はジャカルタで支援協力の確認会談をしている。もしこ
の支援が実施されれば経済的窮迫で極限状態にある北鮮は息を吹き返し、日本からの一
兆円は核兵器とミサイルの開発に必ず使われる。世界で最も危険なテロ国家のラング-
ンでは全斗換大統領を爆殺しようとし、また大韓航空機を爆破している。そしていま日
本に狙いをつけた射程一千キロとも一千五百キロとも言われているミサイルを保持し、
核兵器を開発している国家に何で日本が支援をしなければならないのか見当違いでこれ
程愚かな事はない。

 中国に対する経済援助も全くこれと同じである。米・英・仏・露の四カ国ですら現在
は核実験を中止しているが、その中で中国は昨年の六月・十月と二度も実験を強行して
いる。しかも日本を「二十年後の主要敵国」と位置づけて核戦力強化に狂疾している中
国を日本がどうして経済支援をする必要があるのか。 この十月の核実験の時、外務省
の某人は「核実験を続けるならば、経済支援も考え直さなければいけない」とボソボソ
言っていたそうだが、政治家先生達は腐っているから官僚のボソボソ声では止められる
筈がない。必ず支援は行われるであろう。お人好しもここに極まれりである。自分で自
分の首を絞めてゆくのが現在の日本外交政治の実態である。これこそ正しく現代に於け
る「宋 の仁」(注一)そのものである。

 十一月七日、中国科学院では「中国は最小限の核兵器保有で最大限の抑止効果を上げ
るため、核攻撃の目標を仮想敵国の人口が集中している大都市に設定している・・・」
と暗に日本の東京に核攻撃の標的を定めている事を示唆しているのてある。

 それにも拘わらず救い難い日本の政治家たちは、知ってか知らずかこの大事を捨て置
き、安易なこれらの経済援助に伴って中国・北朝鮮に進出する日本企業から利権を得よ
うとしているのである。これが今の政治家なのである。彼らは「国家の危機」など眼中
にない。その狙う所は只己れ達の党利・党略・名利と利権だけであろう。今の日本の政
治家を売国人と言っても怒って文句を付け抗議をしてくる骨のある政治家はいないであ
ろう。もし襟を正して求めてくれば私は喜んで優国の士として国家安泰の秘術を伝授し
ょう。

 バブル崩壊以後いまや地球には急速に様々なことが起こってきている。異常気象は世
界を覆い、一昨年の夏は冷夏、昨年の夏は猛暑、しかも観測史上最高、気象学者は有史
以来と言っていた。アメリカは大洪水が起き経済もウオ-ル街を見ると不吉な予感が肌
身を刺す。ロシアからは核物質がどんどん流出している。平和の象徴「国連」の常任理
事国は口々に、平和平和と言ながら裏では世界に武器を輸出し戦争の手助けをしている。

 日本経済もこのまま行ったら大変な事になる。人の心も何だか荒廃し貧・欲・愚痴・慢心
の命が充満し凶悪犯罪の多発はサリン事件まで発生して来ている。阪神大震災以上の巨
大地震も専門学者は警鐘している。農作物も世界の均衡が完全に崩れている。

今、国の興亡盛衰が国民の幸・不幸に直接関わる大事中の重大事である。

 此々に、愚・危・誤な経済支援を糾し、今こそ真に国を憂える救国の大政治家の出現
を願い、速やかに大旦かつ適切な対策を断行する事を訴える者である。

                     ナショナル証券(株)
                     東証外務員協会理事
                     東証ペンクラブ会員
                       丸 山 三 代 次

 * 注一 「宋 の仁} 相手に不必要な情けをかけてかえって我が身が亡ぼされると
        いう故事、中国の春秋時代に宋という国があり、王を公と言った。この宋は
        楚の国と戦っていた。ある時、楚の陣容がまだ整っていないのを見た一臣
        下が「今のうちに攻めましょう」と進言したところ公は「君子は人の困ってい
        る時に苦しめてはいけない」といって待ってやり、かえって楚に亡ぼされてし
        まったという。以来不必要な哀れみをして却って我が身を亡ぼす愚かさの例
        えに使われる。



          平成七年三月二十二日  筆す
 

経済不況恐るべし

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時31分3秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
  平成10年10月29日 (木曜日)

◆経済不況は恐ろしいものです。 昭和5年に浜口首相が右翼に狙撃され死亡したのも不況だったからです。 昭和6年3月には急進派 「桜会」 のク-デタ-未遂事件が起こりました。10月にも再びク-デタ-未遂事件が有り農村の不況は極に達し青年将校を立ち上がらせたのです。 ファッション的国内 改造運動が大々的に展開され昭和6年の満州事変に発展して行ったのです。 此の原因は大正末期の 「震災手形割引損失補償令」 の経済処理の失敗から、 昭和の金融恐慌に発展し人の心は欲と憤りと愚痴が充満し起こったのです。 今ひとつは日清・日露・第一次大戦と続けて3回も勝ち抜き、景気拡大を夢 見ていた修羅の軍部に原因が有ったのです。

此処に戦争大国日本は、関東大震災に見舞われ、政治・経済もパニックを起こし、不況脱出の手段として満州侵略を開始したのです。 所謂関東大震災から昭和恐慌そして戦争でした。

◆当時の不況の近因は完全に政府の金融政策の失敗です。 台湾銀行には取り付 け騒ぎが起こり、休業に追い込まれた銀行は37行(昭和2年)に及び金融 システムを完全にマヒさせてしまったのです。 不況恐るべし。

◆平成6年の12月には東京協和信用組合と安全信用組合の経営が破綻し、新設の東京共同銀行に統合され、平成7年7月31日には全国でも有数のコスモ信用組合に昭和恐慌の再来を思わせる預金の大量引出しが起こり、業務停止命令が発せられ、信組業界トップの木津信用組合にも取り付け騒ぎが起き業務停止命令が発令され、兵庫銀行も倒産を発表したのです。

 関東大震災から昭和恐慌に突入した時とは背景は違いますが、阪神・淡路の大震災は銀行不倒神話の崩壊の最中に発生した事お忘れでは無い情況でした。 被害額は10兆円を越すとも言われていたのです。

◆昭和恐慌の時は完全に政府の政策の失敗が原因です。バブル発生もバブル崩 しも崩壊後の対策も現在の長引く不況も皆、政治政策の甘き判断ミスと蛍光灯政治が回復を遅らせているのです。世界大恐慌の時の米国経済も当時は4人に1人が職を失い欧州では経済再建を旗印に政権を取ったナチスドイツが近隣諸国へ侵略を開始し、第二次世界大戦に突入したのですが、これ も総て政治政策の失敗が起こす不幸の原因だったのです。

◆昨年は住専問題で始まり住専問題で終わったと言われるぐらい住専問題に振り回され、その責任は政府の政治政策の失敗ではなく、犯人は外にいるとばかりにバブルの犯人探しに狂奔し、本年に至っては未だ見ず聞かずの「株主責任」の珍語で株主も犯人の協力者に仕立てたやり方、只呆れるばかりです。 1929年の米国株式の大暴落に端を発した時、米国議会でも大恐慌を作り出した犯人捜しのベコラ委員会を発足させ、金融業界追及の政治ショ-が当 時に繰り広ろげられていたた事を知った智恵遅れの先生のすり替え政治で時代と国こそ違えども日本のやっている事は6-70年前の米国政治を、今 遅れてそっくり同じ事をやつているのではないかと感ぜざるを得ないのです。株式市場の推移もこれ又酷似しているのです。NYダウの大恐慌前後の推移と日本のバブル崩壊前後の暴落情況の日経平均の罫線を比較して見て下さい。

経済の恥部も証券・金融スキャンダル事件も長期間の不景気も見せかけの経済回復基調も余りにも酷似し気味が悪いぐらいです。油断大敵、注意を最大に保つ事も必要です。

◆大物仕手筋の再起を賭けた仕手戦も、環境悪下では間々成らず潰れるのみ。 然し失望ばかりは不必要です。OECD(経済協力開発機構)の事務総長ドナルド・ジョンストンは金融機関の不良債権処理を 「最低低迷を終わらせる最低の条件」 とした上で 「調整が進めば強力な回復成長の時代を享受出来る」 と条件付ながら明るい見通しを述べ、日本の堺屋経済企画庁長官も「今が最 も暗い時期だが、数カ月後には景気は回復し良くなる」との見通しを述べ出したのです。 
 

寶玉堂からのメッセージ

 投稿者:兜町 丸山  投稿日:2016年 9月 1日(木)19時29分20秒 KD124214141079.ppp-bb.dion.ne.jp
  平成九年七月二十二日 (火曜日)
◆ 今日は土用の丑の日、街のうなぎ屋は台湾ウナギのかば焼きで大
賑わいです。受難のウナギは約七十万匹、夏バテ防止の人間にその身
を投じてくれるのです。いけにえの犠牲の陰に動めく弱肉強食のドス黒い
企業の世界とは違い栄養価の高いウナギは良いものです。
一方、人間を食い物にする企業の戦略は夏尚寒き厳しい死闘の戦略が
繰り広げられ、体力をつける為には数々のスキャンダルも恐れず、法の
網をくぐり、改革の波がし寄せれば生き残り為には切り捨て御免も容赦な
く無血の血を流す惨状は古今東西の歴史に於いて何づくも変わらぬ厳し
きものなのです。
◆ 現在の日本の姿も明治、大正、昭和、平成の四代の歴史を考えると、
その時々に限り  ない幾多の犠牲を払い変貌し、改革され、そして国内か
ら世界にその規模を広げ、今ここに二十一世紀に向かってのビックバン・グ
ロ-バルスタンダ-ド化に挑戦し飛躍の戦略は想像絶無の情況です。
明治維新直後のペリ-の黒船で鎖国日本が開国の幕を開けた規模とは
全く比較に成らぬ経済規模の厳しき国際戦争が今大きく覆い被ぶさって
きているからです。当然、生き煮えの犠牲は人間と企業を含む弱肉強食
の非情の世界、二極化現象が益々高まる事は必定です。
◆ 些、注目された経済白書は、戦後最大の不況を乗り越え、自律回復の
軌道にのり始めたという「バブル清算の終結宣言」が発令されました。
そして「円安での貿易黒字は増えない体質になってきた」とバブル崩壊で
自信を失った日本経済への文とも思える内容が盛り込まれ「景気は腰折
れすることなく回復傾向は持続」と明るい見通しを述べ、日本の企業や家
計に「リスクを積極的にとることで将来の展望を切り開くべきだ」と結んでお
るのです。
その上ご丁寧にも九十年代初頭の過つての米国の不況も、日本同様バ
ブルの崩壊により不良債券や競争力の低下懸念を抱え、苦しんだ時代の
脱出方法を思い切ったリストラに加え金利の引き下げ、財政資金による
不良債券処理の断行でインフレ無き米国の景気拡大の基礎を作ったと
説明を加えていた事、あたかも日本のバブル崩壊後の現在行われつ
つある国内のリストラや低金利政策、行革断行が明日の日本の姿であり、
不死鳥の発展を遂げている米国経済が回復したのと同様だとの二重映し
を連想させる内容を匂おわしていて味わい深く読んだ者です。政府の規
制改革によるリスクに堪え得る企業こそが生き残れ、その自助努力を怠
たる企業はだめだとのメッセ-ジを含んでいた気がするのです。
株価倍増企業と消える企業の姿が見えたのです。
◆この白書を読んでの狙い目はまずなんと言っても国際競争に強い
企業、そして戦略を考えている企業、そしてM&Aや資本参加に拠っ
ての変身を整えられそうな企業が生き残りのトップでそこから市場人
気が盛り上がり相乗効果も波及し一気に好環境が整ってくると考えます。
勿論、先見性を発揮する証券市場の株価は全面高に成り、現在の米国
ダウの高騰の姿がこれからの日本の姿と考えている事不変です。
今週こそ二万一千円の節を突破は確実です。
◆寶玉堂は皆様に考えて戴き儲けて貰う。そのためこのメッセ-ジ
 を送り続けているのです。



平成九年七月二十三日 (水曜日)で

◆ 些、話題はやはり米国市場の動向です。このメッセ-ジをお聞きになる
時にはグリ-ンスバン議長の議会証言が判明しておる筈ですが、例え彼が
どんな発言をしようとも日本の証券市  場の上昇基調は不変です。昨年末、
彼は「不合理な情況」と米国証券市場に警告を発しましたが、その時のダウ
平均は六四四八ドル前後から一時二〇〇ドル程の反落がありましたが三ケ
月後には七千ドルを突破し、七月十六日には八千ドルを突破!したのです。
彼の警告を信じ売り込んだ連中は踏むに踏めず巨万の財産をこの六ケ月で
失ってしまっているのだ。



平成九年七月二十四日 (木曜日)
  “嵐の前の静けさ”正に現在の証券市場にぴったり当てはまる言葉では
  ないでしょうか。
  ウォ-ル街の暴れん坊陽気な株式相場感の持ち主A・スミスに日本の
  株価の将来を聞いたらきっと同じ言葉が返ってくると思います。彼は
  ニユ-ヨ-クダウ・ジョ-ンズ平均株価が千ドルの時「急激な値動きを
  する可能性があり、事実、一部の株価はそのような動きを示している」
  と短期間で三倍に成る株が続出する事を主張し、夜明けの急謄前夜を的
  中させ直後にダウ平均は一万ドル説を言わしめたのです。
  誰しも渦中の時の相場感はム-ドに流され下がれば弱く、上がると飛び
  付くのが人の常で皆、目先しか見えないものです。ましてや千ドルの時
  に一万ドル節は当時気違いぢみていた筈です。明治、大正、昭和の三
  代に渡っての相場師と言われた松辰も「高い所は売るのだ」と言って担
  がれ踏まされたり、大番のブ-ちゃんみたいに勘と度胸で勝負したり
  、誠備の加藤みたいに腕力で相場を謄げ、最後は一人相撲で吐き出し
  刑務所に行つたんでは本当の金儲けは出来ないのです。
◆ ナショナル証券と合併した田林証券の創始者、菊三郎氏の持論は「古
  来、相場は生き物、株は寝かす物、現物を蔵に寝かし、時々刻々経済は
  変化し発展する物、大相場が来るまで休養  させて置く物」と本当の金
  儲けの秘訣を取材に行つた時に伺った事を思いだしましたが、自然の流れ、
  地合いに逆らっては逆流に呑み込まれるのが積の山で勝利はおぼつかぬ
  は理の当然得られぬのです。
◆ されば現在の位置は上昇波動に転換した以上、決して焦らず急がず、
  寝ている金を株に変え、  株を蔵に入れ寝かすゆとりを持ちたいです。
  日経平均二万円が倍の四万円になる迄・・・ この決意こそが億万長
  者の必勝法なのです。その過程に於いては銘柄の勝劣の研究に励み
  入れ換えも効率倍増の成果と成るでしよう。「上昇相場に飛び付くので
  は無く出遅れ出遅れと銘柄の入れ換えが肝心」と新聞記者からアンド
  リュ-・カ-ネギ-の片腕となって自ら巨万の富を築いたナポレオン・ヒ
  ルは富豪になる条件の中に「貧乏意識を捨て蓄財意識を高め、粘り根性
  こそ報酬を獲得する秘訣でありル-ルだ」と説いているのです。
◆ 寶玉堂は皆様に考えて戴き儲けて貰う。その為このメッセ-ジを送り
  続けているのです。



平成九年七月二十五日 (金曜日)
“世の中、平成たれ”と命名された元号をその年に裏切ってしまったバブル
経済の崩壊のめは、今尚、根深く尾を引き凶悪犯罪は相次ぎ、青少年は
放らつ・政治家・官僚の腐敗堕落は底知れず、国中欲と憤りと愚痴で充満
している最近、やや経済回復の兆し顕われるとはいえ現実の厳しき視線は
拭いされず、追い討ちを駆けるが毎き三洋証券問題が表面化し、あらぬ噂
話まで醸し出して来ております。不良債券処理を巡っての主援金融機関か
ら「法的整理」を迫ってくるのではないかと言うのです。勿論、株価は大暴落
を演じ、十年前三四五〇円の最高値をつけた会社が昨日、只の一四四円の
最安値に下落してしまったのです。今、日本は二十一世紀に向かって世界を
リ-ドする義務と責任を有する国家に成長発展せんとの意気込みで、世界か
ら失墜した信用回復の為努力の最中ですが、傷痕未だ癒えずと打つ手の
甘さからの余波は続き、断末魔の声未だ止まずの感でございます。
◆ ここに野村問題の一応の決着を見てから本格的経済・証券対策に活を
入れるべきとの噂が永田町の一角で、秘かに深く論議されているとの情
報が入って来ました。先進諸国中一番狂ってしまった様な日本経済立て
直し論だそうです。この時期に過去の証券市場救済の歴史を振り返り見る
のも一考と思いその救済政策の実態を今日は述べさせて頂きます。
◆ 昭和十二年、日華事変が勃発し本格的な恐慌状態に陥った時、
「憂慮すべき市場情勢に直面し吾等は此の侭黙視する事を得ず、此
の難局を打開せん」との政府の支援で証券市場救済の「大日本証券
投資」が発足され、直後に南京陥落の戦局の好転も手伝い興亜相場
につながり 大成功を収めた。
◆ 昭和十四年には欧州の動乱が起こり国際情勢は険悪となり日華
事変の長期化と日米関係の悪化が重なり、昭和十五年に陸軍から利
潤制限が発令され、再び恐慌相場が再来したのです。
 この時日本経済論と証券市場の重要性を体をぶっけて政府に独特
の国際論迄ぶち上げた藍沢弥八の努力で国が動き「日本証券投資」
の救済機関を誕生させ危機を乗り越えたのです。
◆ 昭和十六年にはこの日証投を基盤として「日本協同証券」を設立
財産・利益の総てを引き継ぎ国策国営機関としての強化を計り、突然
のドイツ軍がソ連侵略開始で兜町はパニック化した時と、米英の対日
資産凍結発表の時、更には価額統制令発令の異常状態の時、売り物を
全部さらう凄まじいてこ入れ買いは現在も語り草です。
直後の太平洋戦争勃発の軍需景気で  機関の利益は莫大な額にな
ると同時に市場の安定化の為の使命を見事果たしたのであります。
◆ 昭和三十九年岩戸景気の反動での救済機関「日本共同証券」。
昭和四十年設立の「保有組合」  は田中角栄の“ヨッシャ”で誕生し
大成功は周知の事実です。
◆ ここに今姿は見えぬが以かなる対策具体化するかはお手並み
拝見と言う所です。だが自信を持つべきです。日本の底力は世界一で
す。暁は眼前です。


◆ 寶玉堂は皆様に考えて戴き儲けて貰う。その為このメッセ-ジ
を送り続けているのです。
 

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